第1265話 続いている交渉という名の尋問
ヒノエは地下に居た『煌鴟梟』の幹部であった『サノスケ』と、同じく『煌鴟梟』の組員だった男を連れて地下から地上へと戻って来ると、護衛隊の予備群達に怪我をしている方の男の手当てを頼んだ後に『サノスケ』を連れて最初に訪れた大広間に戻って来るのだった。
この旅籠町の護衛隊の予備群達は、本部から突然やってきたヒノエ組長に『牢』に入れていた者達を勝手に外に出したりして振り回される事に右往左往していたが、この町の護衛隊の副隊長である『キイチ』は、ヒノエ組長の振る舞いに全く悪い気がしていなかった。
何故なら彼女が決して任務の為だけにここにきたわけではないと、地下でコウゾウ隊長の為に涙を流しているところを見た彼は、彼女の抱いている気持ちを理解出来た為である。
ここに来た当初は『ヒノエ』の事を怖い組長という印象しか持っていなかったが、今ではすっかりと彼女を尊敬出来る素晴らしい組長なのだと『キイチ』は思える事が出来ていた。
そんな尊敬出来るヒノエ組長が牢から連れ出して来た『煌鴟梟』の幹部だという男から話を聞く事になったようだが、本部の任務の内容を旅籠町の護衛を務めているだけの自分が同席していてもいいものかと思い始めていた。
「早速で悪いが色々とお前さんに聞きたい事があるんだ」
「分かっている。約束は約束だからな、俺の知っている限りの事はちゃんと話すよ」
殊勝な態度を見せる『煌鴟梟』の男にヒノエは満足そうに頷いた。
「あ、あの……! 私達もこの場で会話を聞いていても構わないのでしょうか?」
ヒノエがサノスケに質問を行おうと口を開きかけたが、突然の予備群の『キイチ』の言葉に出鼻を挫かれた様子でヒノエは苦笑いを浮かべるのだった。
「ふふ、もちろん居てくれて構わねぇよ? というより居てくれた方が良いな。色々と詳細を確かめるには、当時この屯所の現場に居たお前達にも会話に参加してもらえる方がありがたいんだ」
「そ、そうですか。わ、分かりました!」
そう言われてはキイチには断る理由がなかった。
サノスケが自分達を捕縛した時に屯所に居た予備群の『キイチ』の事を覚えていたようで、少しだけ面白くない顔をしてこの場に残ったキイチを一瞥するところを対面に居る『ヒノエ』は見たのだった。
そしてヒノエは先程口火を切ろうとした時と少しだけ話す内容を変えるのだった。
「この屯所が『妖魔召士』達に襲撃されちまってな。こいつらが意識を失わされている間に牢に入れていた『妖魔召士』達が脱獄しちまったんだ。その時に一人仲間を殺されちまってうちとしてもこのまま黙って見過ごすわけにはいかねぇんだ。そこでコイツらが意識を失っちまっている間、何か奴らの声を聞いたりしなかったか? お前らの居た部屋の直ぐ隣の部屋に『妖魔召士』達を閉じ込めていたから、壁伝いに聞こえてるんじゃねぇかと思ったんだが……」
隣の部屋の座敷牢に『サノスケ』達は入れられていた為、人が一人殺められる程の騒ぎであれば、予備群の屯所とは言っても、元々は宿の薄い壁を通している以上、何か物音だけではなく会話も聞けていただろうとヒノエはサノスケにそう告げるのであった。
「……」
サノスケは胸の前で指を組みながら、こちらを見ているヒノエに視線を返す。
ヒノエは睨んでいるわけでもなくサノスケの方を見ていたが、サノスケがヒノエの方を見ると同時に、彼女は軽く首を傾げてくる。
――どうなんだ? という意味合いだろう。
サノスケはその首を傾げているヒノエの目を見て、直ぐにとぼけても無駄だと言う事を理解した。
どうやら彼女はサノスケが何かを知っているという事を半ば確信している上で、何か知らないかと尋ねてきている様子であった。ここで知らないと白を切れば、もっと分かりやすい表情を浮かべてこちらが知り得る情報を割りだす為に、更に問答を繰り返して来るだろうなと、サノスケもまた確信する。
――つまりある意味でこの話し合いも茶番に過ぎない。
サノスケが何か掴んでいるというアタリをつけている以上、彼女はサノスケが口を割るまで半永久的にこの話し合いという名の尋問は続くだろう。
あくまで牢から出すという交渉を行ってしっかりと互いの同意の上で、囚人から情報を割り出したと表向きはするつもりなのだろうが、情報を得るまでに五体満足で居られるかどうかは彼次第である事は明白だった。
(ああ……、成程。さっきうちの組員の手を刎ね飛ばしたり、その後に手当を施そうとしたのも、全て尋問をする相手に口を割らなければどうなるかを知らしめるために、ワザと見せて行ったという事か)
先程の座敷牢でこのヒノエによって行われた一連のやり取りは、知っている事を誤魔化したり虚言を行えば、バレた時に容赦はしないという警告が含まれていたのであった。
(この今の状況もこいつの交渉事の中の出来事というわけか。満足のいく情報を得る為にここまでするか……? いかれてやがるな)
ここに来るまでは適当に喋っておいて、ボスの事やミヤジの事に関しては伏せておけばいいだろうと簡単に考えていたサノスケであったが、この女が何処まで情報を得ていて見抜いているか分からない以上、素直に知っている事を話しておかなければ、ここで彼は五体満足で外に出られるかも怪しいのだと理解して、心の中で舌打ちをしながら『ヒノエ』という女は甘くはないのだと改めて理解するサノスケであった。
……
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