第1260話 ヒノエ組長と同じ話

「やっと


 高身長で長い髪が印象的な『妖魔退魔師』組織の最高幹部にして『一組』の『ヒノエ』組長は、ようやく見えて来た旅人達のための『旅籠町』を前にして、疲れた様子を見せながらそう口にするのだった。


 彼女はソフィ達がミスズを連れて『ゲンロク』達の居る『妖魔召士の里』に向かった後、総長シゲンの命令でミスズの代わりにヒノエ組長に『旅籠町』で起きた事件と近辺の調査を行う為に、ここに遣わせられたのであった。


 『サカダイ』にある『妖魔退魔師』の本部でソフィと名乗る青年が何やら『魔法』のようなモノで、副総長を連れてその場からひとっ飛びで『妖魔召士』達の居る里へ向かったところをその目で見た後だからこそ、余計にここまでの道のりが長く感じられたヒノエであった。


「妖魔召士でもねぇのにあんな風に『魔法』ってやつが使えるなんてすげぇよなぁ。魔力があるやつは何でも出来て羨ましいぜ、お前らもそうおもわねぇか?」


「そ、そうですね。本当に羨ましい限りです」


 そう相槌を打つのはヒノエの組の隊士にして妖魔退魔師『一組』の幹部達である。


 どうやら余程凄いモノだったらしく、あまりこれまでは妖魔召士達が使う『捉術』や『魔瞳』に対しても興味を示さなかったヒノエ組長だが、目の前で空を飛びながら移動を行って見せたという『魔法』に対しては余程感動したようで、何度も子供のように凄い凄いと騒いで盛り上がっていた。


 彼らは直接ソフィが『高等移動呪文アポイント』を使うところを見ていたわけでは無かったが、彼らはここに来るまでの道中、何度もヒノエ組長が同じ話をしてきた為に、いい加減辟易としてきていて、今も適当な返事とまではいわないがだいぶおざなりな返答になってしまっていた。


「いいよなぁ。私らも使えないかなぁ? 何で私には大きな魔力が備わらなかったのかなぁ。なぁ? 何でだと思う? 不公平だよなあ」


「は、はい、俺も何度も魔力がもっとあればといつも考えていますよ」


「やっぱり考えちまうよなぁ? 別に戦いの時は刀さえ振れたら十分だけどよ、捉術とかお伽話の魔法みたいなのをばーっと使えたら、世界が変わって見えるだろうなぁ? 渋いよなぁ? 何で私には大きな魔力が備わらなかったのかなぁ? なぁ?」


「……で、ですよね、何でなんですかね? いやぁ、不思議だなぁ……」


「そうだよなぁ、不思議だよなぁ?」


「はい……」


 この調子でここに来るまで何時間も、それこそ何度も何度も同じ事を口にしていたのである。もちろんこの隊士だけではなく、ヒノエに連れて来られた『一組』の隊士全員が同じことを何度も聞かされていたのだった。


 普段はこんな面倒な組長という事はなく、有事の際にはあまりの有能さ加減にこの場に居る組員一同が、憧れや尊敬の念を『ヒノエ』組長に抱いている。


 心の底から彼女を慕っていて『一組』の幹部に選ばれた事よりも、この『ヒノエ』組の組員になれた事のほうが嬉しくとても誇らしい気持ちを抱く程であった。


 しかしどうやら今回の旅籠町の遠征での教訓として、今後はヒノエ組長の前では『移動の魔法』の話題を禁句にする事が、組員の間で決定になりそうであった。


「よし……! 今回の旅籠町の調査が終わったら、私も一回『魔法』で飛ばしてもらえるように頼んでもらおう!  あ、もちろんお前達も一緒だぞ? 皆で感動を分かち合わないとな?」


「は、はい! 楽しみですね……!」


「なぁ? とんでもないんだぜ? 目の前でミスズ副総長がこう、ばしゅーって……」


「ヒノエ組長! た、楽しみは後にとっておきましょう? 今はシゲン様の任務に集中しませんと……!」


「そ、そうか……。わ、悪いな? 何度も同じ話しちまってよ……。あんまりにも新鮮だったもんで……つい、な?」


 流石に組員達の空気を感じ取ったのか、ヒノエはシュンとしながら謝るのだった。


「い、いやぁ! 本当は俺達も『魔法』の話で盛り上がりたいのは山々なんですよ。任務が無かったら組長と何時間でも話しちゃいますよ! は、はは……」


「お前、まじかよ!? 話が分かるやつだなー! よし、そうと決まったら先に『里』に向かったミスズ副総長達より早く任務を終わらせて、驚かせてやろうぜ!」


「「は、はい!」」


(でかした! ヒノエ組長も調子を取り戻されたようだ!)


(あ、ああ……! ヒノエ組長にはあんな顔をして欲しくないもんな!)


 どうやら『一組』の隊士達は、これまでよりも結束が強まったようであった――。

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