第1259話 本部への通達

「ん? お、おいちょっと待て! あ、あの『鬼人』の背の方をよく見て見ろ!」


「ああ!?」


 追手の手がここまで忍び寄って来たモノだと勘違いした隊士の一人は、仲間の言葉に纏わせていた得の刀を下ろして上空を見上げながら目を凝らしてみる。


「え! あ、あれは『キョウカ』組長!?」


 ようやく彼らの視界にも『キョウカ』の姿が映ったようであった。


 そしてそのままの勢いで『鬼人』は彼らの元まで飛翔してくると、そのままキョウカ組長が空から飛び下りて来るのだった。


「貴方達! どうして此処に居るの? ケイノトの門での見張りは……」


「キョウカ組長!! 妖魔召士達が……! 天狗の妖魔にヒサト様が襲われてしまいます……!」


 キョウカが喋り終わるのを待つ前に刀を構えていた方の隊士が、必死な形相を浮かべながら一気に言葉で捲し立てる。


「……落ち着きなさい!」


 冷静さを失っているせいか、端的に報告を行うのみで要領を得ないキョウカは、自分の組の隊士の肩を両手で掴みながら、キョウカは大きな声で一喝する。


 その隊士はごくりと唾を飲みながら、両の目の視界全体にしっかりとキョウカ組長の姿を落とし込んだ。


 キョウカは隊士が普段通りの表情になるのを待ってから、ようやく聞き返すのだった。


「やっぱりヒサト達の元にヒュウガ達が来たのね? それで今ヒサト達が戦っているという事で間違いない?」


「あっ、は、はい!」


「組長! 妖魔召士は総勢で10人程でしたが、そこにヒュウガ本人の姿はありませんでした。しかしヒュウガ一派の中に大天狗を使役している『ジンゼン』の姿があり、彼が指揮官となってケイノトの門前に居た我々に襲撃を行ってきたのです! そしてそのヒュウガ一派達の攻撃によって我々の仲間の多くが負傷及び戦死。我々『三組』だけでは手に負えないと判断したヒサト副組長は、我々に直ぐにキョウカ組長と本部へ通達を行うようにと……」


 仲間に対する一喝でもう一人の方の隊士も幾分冷静さを取り戻したのだろう。先程の報告とは違って直ぐに事情を理解できる情報の数々が、キョウカ組長に届けられるのだった。


「ヒサト達は身を粉にして……、貴方達を私の元に向かわせる為に残ったと。そしてその『王連』達と今も戦っているという事ね?」


 キョウカが確認を行うと、直ぐに二人の隊士は首を縦に振るのだった。


「……ねぇ、貴方少しだけ私の頼みを聞いてくれないかしら?」


 自分の組の二人の隊士と会話を交わし終えたキョウカは、背後で腕を組んで立っていた『鬼人』の方を向いてそう口にするのだった。


「言っただろう? 俺はお前に恩を返す為にこの場に居ると。頼みがあるなら遠慮せずに言ってくれていい」


 打算的な考えなど露程にも考えていないと一目で分かる程、曇りなき瞳をしている『鬼人』は真っすぐにキョウカの目を見てそう言葉を返すのだった。


「ありがとう。じゃあ悪いんだけど、この二人を『』のまで運んで行ってくれないかしら?」


。引き受けよう」


 考える素振りや渋るようなことを一切せずに、僅か1秒程でやり取りを終える両者だった。


「ちょ、ちょっと待ってください! お、俺達が本部にって……」


 横で聞いていた二人の隊士は、突然のキョウカの言葉に慌てて説明を求め始める。


「よく聞いて。貴方達はこれから直ぐに『サカダイ』へ向かい、総長達に『ケイノト』にヒュウガ一派が襲撃をしてきた事を伝えてきてちょうだい」


「そ、そんな……! 俺達も……」


「相手がランク『7』の大天狗を伴って『妖魔召士』が10人程も居るのでしょう? このまま全員で向かって全滅する事も考えられる以上は、貴方達にシゲン総長やミスズ副総長に援軍を頼んでもらう事の方が重要です。お願いじゃなくてこれは。今すぐに彼と共に『サカダイ』へ向かいなさい!」


「ぐっ……!」


 キョウカと共にケイノトへ向かうと告げようとしていた隊士達は、組を預かる上官であるキョウカ組長に、命令ですといわれては黙る事しか出来なかった。


「分かりました。ですがキョウカ組長、その妖魔は信用が出来るのですか?」


 冷静に先程報告を行った方の隊士が、キョウカの命令に含まれる気持ちを汲み取った上でそう口にする。


「ええ。彼は信用出来るわよ、この私が保証するわ」


「っ……! わ、分かりました!」


 人間観察を趣味にしている程の彼女は、常に他人の感情の機微を読み取るに長けている。そんな彼女がこの『鬼人』の妖魔に対して信用に足ると保証するのだから、間違っても裏切ったり攻撃をしてくる事はあり得ないだろう。


 信頼する彼女が信用しているというのだから、隊士も信用して頷く他なかった。


「おい、お前も納得しろ。俺達が戻ったところでキョウカ組長の足手纏いになるだけだ」


「くっ……!!」


 仲間の言葉を聞いたもう一人の隊士は、まさか妖魔退魔師の幹部にまでなった自分達が、妖魔召士や妖魔を相手に対して足手まといなのだと明確に理解した事で、これまで以上に悔しそうな表情を浮かべるのだった。


 そんな自分の組の隊士の肩にキョウカは再び手を置いた。


「貴方達は足手まといなんかじゃないよ? それに本部に通達する事は一番重要な事。貴方達が居るから私は安心して戦場へ向かえるの。それは分かるよね?」


 キョウカは片目しかないその目で、大事な隊士の目を真っすぐに見ながら訴えかける。


「わっ……分かりました! 直ぐに総長達を連れて戻ってきますから、ヒサト様をよろしくお願いします!」


 そう言って勢いよく頭を下げる隊士に、キョウカは笑顔で頷く。


「うん、分かってる! じゃあ……、悪いんだけどこの子達をお願い」


 キョウカは頭を下げている隊士の頭を撫でながら『鬼人』に頼むのだった。


「うむ。心得たぞ! さぁお主達、行くぞ!」


「「う、うわわわっ……!」」


 キョウカの時のように背に乗せず、その『鬼人』は隊士達の服を引っ張り上げるように首根っこを掴むと、そのまま一気に空に浮かび上がり、そのまま『サカダイ』の町のある方へと飛翔していった。


 『鬼人』に首を掴まれたままの二人は足をバタつかせていたが、構わずにそのままの状態で空高く舞い上がった後に、物凄い速度で鬼人に連れ去られて行った。


 一瞬でその姿が小さくなっていく隊士達を見ていたが、やがてキョウカは『ケイノト』の方へとこちらも物凄い速度で駆けて行くのだった。

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