第1254話 変わらぬ行動指針と気持ちの変化

「新たに妖魔が出されたが大きく行動指針を変えるつもりはない。当初の予定通りにお前達はキョウカ組長の元へ向かう事だけを考えろ。そして『チジク』。お前には少しだけ負担をかける事になるが、俺があの『天狗』の妖魔の相手を引き受けるから、その間はお前に周りに居る妖魔召士を相手にしてもらいたいんだ」


「ヒサト副組長、それは……」


 流石に『幽鬼』や他の妖魔を相手にしながら更に本来はヒサトが受け持つ筈であった妖魔召士達も同時に相手にしろと言われては、チジクも引き受けられる自信がなかった。


「決して戦ってくれというわけでは無いんだ。お前にはソイツらがこの場から離脱するまでの間、妖魔召士の『魔瞳』や『捉術』の狙いを逸らす役割を果たしてくれるだけでいい。俺も天狗と戦いながら奴らの視界を妨害するように動き回るから、お前も『幽鬼』や低ランクの妖魔を上手く活用して立ち回って、そいつらが無事に離脱出来るまでの間、時間を稼いでくれるだけでいい」


 ――何もヒサトは絶対に出来ない事をチジクに押しつけようとしているわけではない。


 もしこれが十回やって十回とも確実に失敗すると分かっている相手であれば、ヒサトもそんな無理難題を押し付ける事はしない。チジクという『三組』の幹部の隊士であれば、それが出来るだろうと『三組』の副組長である『ヒサト』が理解しているからこそ、こうして口にして頼んでいるのであった。


「……」


 まるでヒサトの真意を確かめるかのように『チジク』は『ヒサト』に視線を向ける。そして副組長ヒサトはそんなチジクの視線にニコリと微笑みかけるのだった。


「……敵いませんね。貴方にそこまで信頼されている以上、何とかするしかないでしょう」


 そう言って『天色』のオーラを纏いながら、チジクは凄みのある笑みを浮かべるのだった。


「それでこそキョウカ組長が認めた『三組』の組員だ。お前達も話は聞いたな? 絶対にお前達を死なせないから、お前達も絶対にキョウカ組長に伝えてくれ! お前達の手に俺らの命運を握らせるから、絶対に失敗しないでくれよ?」


「「ひ、ヒサト様……!」」


 ヒサトは無駄な重圧をかけるつもりで隊士達にそう告げたのではなく、チジクと同じようにヒサトはお前達を信頼して自分達の命を預けるに足る隊士だと、発破をかけるつもりでそう口にしたのであった。


 そしてその命運を託された隊士達もまた、ヒサトの本心を理解しているからこそ胸を熱くさせるのだった。


「任せて下さい! 必ずやこの事を伝えてこの場にキョウカ組長を連れてきます! ですからお二人共も絶対に無事で居て下さいよ?」


「ふっ、誰に言っている? 奴らの使役した妖魔共を纏めて退治して妖魔召士共もふん縛って床に転がせておいてやるさ」


「「ぷっ、ふふふ……!」」


 チジクも他の隊士達もヒサトの言葉に我慢出来ないとばかりに噴き出すのだった。


「さぁ、奴らも動き出したようだ」


 ひとしきり笑い合ったヒサト達だが、そこで妖魔召士達やその彼らに使役されている『式』達がゆっくりとこちらに近づいてくるのを見て、ヒサトは浮かべていた笑みのままでそう口にする。


「まずは私が派手に『幽鬼』達を屠りながら、場を駆け巡りながら周囲を荒らします。妖魔召士達の目を引いた後は、ヒサト副組長はあの『天狗』の相手をお願いします……。お前達は俺が動いたと同時に一気に反対方向へ走り出せ!」


「ああ……。宜しく頼むぞチジク」


「「はい! 承知しました!」」


 ジンゼンが『王連』を出した事で少しだけ役割分担が変わる事となったが、大筋の作戦はそのままに、こうして行動指針を変えずに展開する事となるのであった――。


 …………


 一方その頃、ヒュウガ一派が最初に潜伏していた洞穴がある森を後にしたキョウカは、ミョウイと呼ばれていた『上位妖魔召士』が使役していた鬼人の『式』と手を結び、その鬼人の背に乗りながら『ケイノト』を目指して空を北上してヒサト達の元へと急いでいるところであった。


「どいつもこいつも『妖魔召士』は本当に腐りきっているわね! 妖魔だけじゃなくて同じ人間に対してもあんな風に……! 必要がなくなったからってあんな惨い殺し方するなんて人間のやることじゃないわよ!」


 洞穴の中で見た利用されていたであろう男の首の取れた骸を直接見たキョウカは、怒りが冷めやらずこうして空から森を見下ろしながらブツブツと文句を口にするのだった。


 キョウカを背に乗せながらその愚痴を聞いていた鬼人は、最初は返事をせずにいたのだが、どうやら黙っていられなかったようでキョウカの愚痴に返事をするのだった。


「俺達妖魔にすれば人間なんてのは皆、今お前が言ったような事を平気でやるような種族だと思い込んでいたんだ。だからこうして今、実はアンタを背に乗せて空を飛んでいる自分にも驚いているところだ」


「それは感謝しているわ。でも勘違いだけはしないで欲しいんだけど、私達妖魔退魔師は確かに人間に悪さをするような妖魔を討伐はするけれど、妖魔召士と同じだとは思って欲しくないわね……」


 それを今妖魔を討伐する側の人間が、討伐される側の妖魔にいったところでどうしようもないという事は、喋っている最中に気付いたキョウカだったが、それでもあんな人間達と一緒にしないで欲しいという本音だけは聞いて欲しかったようで、尻すぼみになりながらも言い切るキョウカであった。


「ああ……、お前が言いたい事は分かるよ。だから俺はこうしてお前に協力しているつもりだ。命を助けてもらった恩人だからって、こんな風に協力してやりたいって思える人間じゃなきゃ、俺はこうしていないさ」


「ありがと……」


 嬉しい事を言ってくれる妖魔に言いたい言葉はいっぱいあったが、最初に頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、胸がすっとするような気持ちを抱いて少しだけ自分に驚いたキョウカであった――。

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