第1231話 ヒュウガの思惑と予想の外側

 キョウカが森に入る前の湿地帯で『ミョウイ』達と戦う少し前、既に『ケイノト』から目当ての組長格『キョウカ』を誘い出す事に成功した『ヒュウガ』は、事前に部下達に伝えていた通りの作戦を遂行するのであった。


「ヒュウガ様の仰っていた通り『隻眼』はめざとくトウジ殿の後を一人で追いかけてきました。もうまもなく『ミョウイ』殿達のところへ辿り着くところでしょう。トウジ殿も森まで来ましたので『式』に後は任せて先に報告に戻って参りました」


「監視と偵察の御役目、ご苦労様でしたね『ライゾウ』に『フウギ』」


 ヒュウガは『トウジ』につけていた二人の監視兼護衛の者達が戻って来た事で労いの言葉をかけるのだった。


「いやはや、本当に『隻眼』が一人でやってくるとは……。流石はヒュウガ様、素晴らしい読みに感服しましたよ」


「まさかあんな連中が本当に役に立つとは……。我々には思いもしませんでした」


 御世辞ではなくジンゼンとキクゾウの両名は、本当に感服した様子でそう口にするのだった。


 ケイノトの町でこちらの行動を押さえようと躍起になっている妖魔退魔師組織の見張り達は、妖魔退魔師衆でも予備群でもなく生粋の退達であり、その中でも妖魔退魔師の幹部達で構成されている『三組』と呼ばれる者達である。


 これだけの『妖魔召士』が揃っていてもたった一部隊といえる『三組』の妖魔退魔師達に完全に全滅させるのは難しいと思われる程で、更にそこにその『三組』を束ねる最高幹部の『キョウカ』が居るとなれば、流石に上位妖魔召士達が揃い踏みのこの面子であっても強行突破は難しいと考えられていたのである。


 ――しかしその組長格の『キョウカ』が居ないとなれば、話はだいぶ変わってくるのであった。


 だからこそ組長格の『キョウカ』をどうするかで悩む『ジンゼン』や『キクゾウ』達だったのだが、連れてきていた『煌鴟梟こうしきょう』の『二人』を使った誰も思いつかない奇策を使って、現実にこうしてキョウカをおびき寄せられた事で納得しての発言をしたのである。


「総長であるシゲン殿は当然の事として、キョウカ組長やスオウ組長。それに妖魔退魔師の副総長ミスズ殿とは本当に長い付き合いですからねぇ。あの目聡く人間を観察するキョウカ殿ならば、見張りを行った日からこれまで全ての『ケイノト』に入る者達を観察しているでしょうし、そこに少しでも気になる点やおかしな点が見つかるようであれば、必ず出張って来るだろうと読んだのでね。そこで彼らを連れてきたのですよ」


 鎖がついている眼鏡を何処かの副総長を真似るように、くいっとあげながらキクゾウ達に説明を行うヒュウガであった。


 妖魔退魔師の副総長ミスズがヒュウガやゲンロク達の事をかねてから観察していたように、妖魔召士でいえばミスズと同じ副総長と呼ぶべき立場に居たヒュウガもまた、当然のように妖魔退魔師組織の幹部達の事は予め調べ尽くしている。特に相手組織の最高幹部である者達の事を、妖魔召士のトップになり替わろうとしていたヒュウガが理解をしていない筈がなかった。


「しかしトウジと名乗っていたあの男が私と仕事がしたいと告げてこなければ、もう少し違う方法で活用するつもりだったのですがね」


 ぽつりとそう告げたヒュウガの目が、一瞬青くなったのを見過ごす筈が無い『キクゾウ』と『ジンゼン』であった。


(成程、何故作戦を知らされていないあのトウジという男が、単独で『隻眼』を誘い出す事が出来たのかと思っていたが、ヒュウガ様が例の『術式』を使われておいでだったからか。しかしそれならば、もう一人の男を使わなかったのは何故だ?)


 ジンゼンもキクゾウと同じくヒュウガが『術式』を施したのだろうという事を察する事が出来たようだが、キクゾウは更に踏み込んだ疑問を抱いたようだった。


「ヒュウガ様、トウジ殿が一人森に戻って来た理由は分かりましたが、何故もう一人の方は『退魔組』に向かったっきりなのでしょう? それも何か他に考えがあっての事なのでしょうか?」


 ヒュウガはそこで頷きを一つ入れながら、キクゾウに向けて口を開いた。


「いえいえ、確か『ミヤジ』さんといいましたか? あの方はどうにもイツキになついている様子でしたので操らなかったのですがねぇ。しかしトウジさんがミヤジさんに従えと口にしていたので、私としては一緒に戻って来る事になるだろうと踏んでいたのですが、どうやらそこだけは私の目論見から外れましたねぇ」


「そ、そうでしたか……」


 そう話すヒュウガの言葉を信じるのであれば、どうやらミヤジという男の方は目の前に居るヒュウガにとっても、予想とは違う行動を見せたようであった。


「まぁ、どちらにせよ作戦は上手く行きましたから良しとしましょう。皆さん、これから『退魔組』に居るサテツ達の元へ向かいますから準備をして下さいね。カツヤとシロウは当初の予定通り、ここに来るキョウカ殿の最後の足止めをお願いします」


「心得ております」


「分かっております」


 耳が片方しかない上位妖魔召士のカツヤと、恰幅のいい方の上位妖魔召士のシロウが同時にそう告げるのだった。 


「それでは皆さん、行きましょうか」


「「御意!」」


 その場に居るヒュウガ一派は、ヒュウガの言葉に全員が声を揃えるのだった。


 そしてその場に居る妖魔召士達は一斉に『式札』を取り出すと、次々に空を飛べる妖魔を使役して空を飛び始めて行く。それを見届けたヒュウガも懐から『式札』を取り出すが、そこで何かを思い出したかのように視線をこの場に残る二人の妖魔召士達に向けた。


「ああ。言い忘れていましたが、ですので貴方がたの方で処理をしておいて下さいね?」


「承知致しました、ヒュウガ様」


 薄く目を開けた状態でヒュウガがカツヤたちにそう告げると、二人の妖魔召士は笑顔で頷くのだった。


「頼みましたよ。それではまた例の場所で落ち合いましょう」


 ヒュウガはそう言い残して空を飛ぶ為の『式』を使役したかと思うと、他の妖魔召士達の後を追うように空を飛んで行くのだった。

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