第1224話 意識を取り戻した鬼人

「俺の意識が戻ったという事は『ミョウイ』殿はお前にやられたという事か」


 自我を失って本能で動いている時にもキョウカを目の前で見ていた『鬼人』だが、その時の記憶はどうやら残ってはいないようで、こうして目の前まで歩いて来たキョウカが言葉を投げかけた事でようやく自分が今どういう状況なのかを理解したようであった。


「そういう事ね。貴方にしたら残念な事だったかもしれないけれど、こちらも襲われた以上は黙っていられなかった。文句があるなら改めて聞くつもりだけど、出来れば今は忙しいから今度にして欲しいところね」


「ふっ……。別に構わないさ人間。元々俺も『ミョウイ』殿を気に入って『式』の契約をのんだわけじゃない。むしろ俺を自由にしてくれた事を感謝したいくらいだぜ」


 その妖魔の言葉を聞く前からキョウカはミョウイという『妖魔召士』が、目の前の『鬼人』を盾代わりにしたり、やられそうになると暴言を吐いてそのまま見捨てたりしていた様子からも『鬼人』がどう考えているかをある程度察していた為に、キョウカに感謝したいくらいだと告げた妖魔にそこまで驚きを感じないキョウカであった。


(時代は本当に変わったわね。妖魔召士と『式』の契約を結んだ妖魔は、皆契約を果たした『妖魔召士』とある程度仲が良好に見えたものだけど、この妖魔にしても最近の『妖魔召士』や『特別退魔士』の噂を聞くに完全に絆というものが薄れてきているように感じる。妖魔召士達はランクの高い妖魔を『式』にする事に都合が良い事は理解出来るけど、妖魔達にとってはやっぱり何にも得はないように思うわね)


 過去にもキョウカは同じ事を考えてミスズと妖魔召士の『式』について話をした事があったが、その時にミスズから聞かされたのは、妖魔にもしっかりと妖魔召士の『式』になる事についての益はあって、何やら徳を積む事で次の世では苦労が少なく幸福となれる生涯を手にする事が出来るらしいと語られた事があった。どうやら彼女と親交があったとある『妖魔召士』からの受け売りの言葉だったようだが、キョウカはその話を聞いても全く理解が出来なかったのだった。


(来世とか次の生涯の幸福とか、今を生きる者に? 少なくとも私が妖魔だったら絶対にさっきの男のような奴にこき使われたくはないわね)


 ミョウイという妖魔召士にぞんざいに扱われていた目の前の『鬼人』を思い出して『私は絶対ごめんだ』とばかりに舌を出すキョウカであった。


「突然どうした。戦闘中に口でも切ったのか?」


 喋っている最中にいきなりキョウカが舌を出した事で、話の流れが理解出来ずにそんな事を口にする『鬼人』であった。


「ごめんなさい、何でもないわ。えと貴方はもう縛られる事もなくなったし、後はもう好きに逃げてもらって構わないよ? 襲ってくるっていうなら別に止めはしないけど、その場合は死んでもらうわね」


 術が施されていない今の状態であっても、彼は元々ランク『5』を誇る『鬼人』の中でも強い存在なのだが、それを加味した上でもキョウカにとっては、とばかりにそう告げた。


 当然妖魔側である『鬼人』もそれは理解しているのだろう。周囲の湿地帯が地獄絵図のような事になっている事に加えて、『妖魔召士』が全員やられて自分以外の妖魔もこの場には居ない。つまり信じられない事だが、全てこの若い女性一人でやったという事に違いないのだろう。 


「俺にそんなつもりはない。ミョウイ殿の『式』になったのも同じように『式』にされて働かされているであろう大事な知り合いを見つける為に協力をしたに過ぎない。しかし結局これまで一度もこいつも、こいつらの仲間達もが俺の妹分を使役しているところを見たことがないからな。もう俺は諦めていたところだ」


「つまり?」


「あんたを襲うつもりもないし、今後は二度と人間の里まで降りてくるつもりはない。見逃してくれるというのならば、このまま俺は『妖魔山』へ帰らせてもらう事にする」


「『妖魔退魔師』の私が、妖魔を前にして逃げられるとでも思っているのかしら?」


(好きに逃げても構わないと言っていたくせに、恐ろしい強さをしている癖にガキみたいな女だな)


「ああ、勿論思っているさ。お前が俺を殺すつもりだったならば、わざわざ話し掛けたりせずにもう俺を殺しているだろ? そんな事も分からない程に俺は馬鹿じゃない。あんまり俺を舐めるなよ人間」


「ふふっ。あんた私に勝てないと理解していながらも全く媚びる素振りを見せないね? あんたちょっと格好いいじゃん。笑えたから見逃してあげるわよ」


 格好いいと言ってみたり、笑えたから見逃すと言ってみたり、あまりに掴みどころがない様子の若い人間に言葉に労した『鬼人』だったが、見逃してくれるというのならば何でもいいと結論を出すのだった。


「そりゃあ、どうも……」


 本来は妖魔を狩る妖魔退魔師と人間を襲う妖魔の間柄なのだろうが、長年人間と契約を果たしていた『式』であった妖魔と、今は目的が他にある事に加えて先程のミョウイに操られているところを見ていたキョウカは『一度だけなら見逃してやってもいい』と判断したようであった。


「あ。ちょっと待ちなさい? 知っていたらでいいんだけど、ここにきている他の妖魔召士達の居場所。あんた知らない?」


 湿地帯から去ろうとしていたその『鬼人』は、キョウカの言葉を聞いて何やら考え始めるのだった。

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