第1220話 上位妖魔召士達VS三組組長キョウカ

 そして湿地帯を抜けて森の入り口に差し掛かった時に、キョウカはトウジを追うその足を止めた。いや、厳密には止めざるを得なくなったという方が正しいだろう。彼女の周囲に数々の種類の妖魔が、唐突にこの場に出現したのである。それは偶然にこの場に現れたのではなく、明らかに『妖魔召士』による『式』が原因なのだと直ぐ様『キョウカ』は気づくのだった。


「ふふ、やっぱり思った通りだったわね。あの男には『ヒュウガ』一派と繋がりがあると思っていたのよ」


 キョウカはそう言いながら背に背負っている野太刀を抜いて構える。


「きききっ……! そこまで分かっていてわざわざ一人でこの場に来たのか?」


「まだ死に急ぐような齢でもあるまいて、のう? 『アチシラ』殿」


「いやいや『ミョウイ』殿。若いからこその蛮勇だろうよ。少しばかり腕が立った事で名ばかりが先行してしまい、いつの間にかおだてられている内にその気になって何でも出来ると思い込んだ哀れな若人なのだよ」


「かかかっ……! なるほどなるほど、それは無様、非常に滑稽である!」


 奇妙な笑い声をあげる『ミョウイ』と呼ばれた男は、素早く手印を用いて若い『妖狐』や『鬼人』に術を施し始める。


「知恵の回らぬ腕力自慢の高ランク妖魔を討伐出来るくらいで、いい気になって調子に乗っておるお主ら妖魔退魔師達が、日々『妖魔山』の本当の高ランクである妖魔を相手に智謀を用いて戦いそして『式』にしていっている我ら『妖魔召士』に勝てると思わぬ事だ! 所詮お主らは生まれながらに『魔力』に恵まれなかった『劣等種』に過ぎぬ! 本物の『妖魔召士』の前では取るに足らない存在だと知れ!」


 何やらキョウカを煽るように『ミョウイ』と呼ばれていた男が言葉を発しているが、キョウカは全く男の言葉を気にせずに、光を宿す片方の目で男の手印を見続けていた。


(成程。どうやらあの手印の長さを見るに昔の妖魔召士達の『技法』ではない『術式』のようね。私を煽って怒らせようとしたのは、術式に注目されたくないからかしら)


 冷静に分析を行うキョウカだが、まだ動こうとせずにずっとぺらぺらと喋っているミョウイの言葉を聞き流しながら、手印を施す指の動きを観察し続けるのだった。


(余りに隙が大きいわね。あの男を一刀切断にするのは容易いが、あの見た事のない術式の効力を確かめておく方が大事ね)


 彼女は筆の代わりに口で手印の形を呟きながら、記録をするように頭でメモを取っているようであった。


「ふーむ、どうやらに厄介な女のようだ。よし、お主らあの女を喰い千切ってやれ!」


 術式を施している『ミョウイ』の手の動きをキョウカがじっくりと観察している事に気づいたもう一人の男『アチシラ』という上位妖魔召士の男は、それ以上キョウカに観察をさせるのを防ぐ為に自身の使役していた複数の狗神の妖魔の『式』に命令を下した。


「「グルルル……!!」」


 アチシラに命令された『式』の狗神達は唸り声をあげながら、キョウカに向かっていった。


 この狗神達のランクは精々が『4』だが、その数は10体を越えている。戦力値で表せば2000億を越える『大魔王』階級に匹敵する。それだけの力を有する10体の妖魔達が一気にキョウカに襲い掛かっていったのである。


「煩わしいわね」


 キョウカはミョウイに向けていた視線を仕方なく迫って来る狗神達に向ける。


 狗神達はその俊敏な動きを活かしながら、左右へと移動を開始してキョウカの長い得物で同時にやられないようにと互いに動いて、的を散らすように行動する。どうやらランク『4』の妖魔らしく知能も相応に伴っているようである。


 地方に派遣されている護衛隊の予備群達では、この数の狗神を同時に相手するには数人の護衛隊が、その隊列をしっかりと組んで対応にあたらなければならないだろう。それ程の相手の狗神をたった一人でキョウカは対峙させられるのだった。


「「グルルルル……!!」」


 縦横無尽に駆け回っていた先頭グループの狗神達が遂にキョウカの元に辿り着くと、その喉笛を食い千切ろうと涎をまき散らしながら喉元に襲い掛かった。


「……」


 キョウカは一番最初に襲い掛かって来た狗神の大きく開けた口の下の顎を左足で蹴り上げると、くるりとその場で素早く半回転させながら蹴り飛ばして、右から既に飛び掛かっていた二体目の狗神の顔にぶつけた。


「ギャンッ!」


 先頭グループの狗神二体が悲鳴を上げたかと思うと同時、その場からキョウカの姿が忽然と消えた。背後から次々と迫って来ていた狗神達は辺りを見回して、見失ったキョウカの姿を探すが見つからない。そして後続達も先頭グループ達に追いつき一箇所に固まったかと思うと、空から野太刀を握りしめるキョウカが降って来る。


「『射突如月いとつきさらぎ』」。


 空から落ちてきながらそう呟くキョウカは、一体の狗神の頭から胴体まで串刺しにした後に、そのまま地面に太刀が突き立つ前に半身を器用に動かしながら、両手で持っていた太刀を背に背負うように担ぎ上げると、周囲に居た数体の狗神を纏めて重しがついている野太刀に体重を全て乗せて横凪ぎに振り切った。


 ぼんっ、ぼんっ、という音を立てながら、一気に数体の狗神が式札に戻されたが、キョウカは一呼吸も置かずにまだ動き続けると、その場から慌てて離れて態勢を立て直そうと行動を開始していた狗神よりも更に速く動いたキョウカが回り込む。


「咄嗟の反応はいいけど、お前達は遅すぎる」


 静かにそう呟くと野太刀を再び振り切ると、残っていた狗神をまとめて切断する。再びぼんっ、という音と共に式札に戻されるのだった。


 アチシラの『式』がキョウカに襲い掛かってから、まだ十秒も経ってはいなかった。


「ミョウイ殿。どうやら悠長にしている暇はないようだぞ」


「分かっている。しかしアチシラ殿が時間を稼いでくれたおかげでこちらも準備は整った」


 アチシラとミョウイの両者の顔に笑みはなくなったが、どうやらミョウイがやろうとしていた事は間に合ったようで、魔力が可視化される程の光がミョウイの出した『妖狐』と『鬼人』の二体を包み込んでいくのだった。


 ……

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