第1217話 浮き沈みする気持ち

「久しぶりにイツキ様に会ったが、やはり『煌鴟梟こうしきょう』に居た頃と変わられたな」


 まだ彼が煌鴟梟のボスとなる前、煌鴟梟を取り仕切っていた頃のイツキの恐ろしさは今でも思い出すと震える程であった。しかしそのボスの座を彼に譲り『退魔組』に属した後の今のイツキは全くの別人と思える程で、今日の事にしても『退魔組』の屯所から出る去り際に見せた笑みも昔のイツキを知る者が見れば、同一人物とは思えない程であった。


「だからこそまだ腰を据えてイツキ様と話を交わす事は出来ないな。俺を信じて『煌鴟梟』を任せて下さったというのに、それを潰しちまった今はまだ……」


 食事処で借りた天秤棒を返しに行った後、ヒュウガに上手く行ったと先に伝えに戻るとミヤジに言った彼だが、本当の理由は『煌鴟梟』を潰してしまった事に対するイツキへの負い目から、ゆっくりと腰を据えて再会の挨拶なども出来そうにないと考えてしまったようである。


(何としてもヒュウガ殿との仕事を成功させて、しっかりと自分を取り戻せたと考えられるようになった後、改めてイツキ様に挨拶をしに行こう。それこそが俺の今後の目標だな……)


 彼はセルバスの魔瞳によって操られていた為、煌鴟梟が壊滅するに至った経緯も理解出来ていなかったが、旅籠町の屯所でミヤジやサノスケ、それに他の煌鴟梟に所属する者達が捕らえられるに至ったのが自分の所為だと何度も責められた事で、操られていた自分の所為で彼らの人生を奪ってしまったのだと自覚して全てに絶望をしていた。


 起こしてしまった事を悔やんでも仕方ない事ではあるが、自分が不甲斐ない所為で操られて、自分の組織している『煌鴟梟』に居る者達の人生を狂わせてしまったのだと、散々ミヤジに言われ続けた事で嫌という程理解させられていた彼だが、流石に牢の中に入れられてはそれを償う方法が思いつかずに病んでいた。


 しかし今回の機会はその全てをひっくり返せる好機でもあった。外に出る事さえ出来れば彼はどうにでも出来るという自信があった事に加えてイツキを見た事で目標が定まり、更に意欲は高まったようで今の彼はやる気が漲っているようであった。


 そんな彼は入って来た時と同じ門を使って町の外に出ようと門に差し掛かった時に、目聡く門の方を見ていた女性に気づいた。


(まずい。あれは妖魔退魔師の指揮官だったか?)


 遠目でちらりと見ただけであった為に、その隻眼の女性はトウジの視線を怪しんでいる様子はなく、今も門を通っている者達と門番の方に視線は向いていた。


(大丈夫だ。普通にしていれば怪しまれる事はないだろう。そもそも入る時も何もなかったんだ、気にする方が余計に怪しまれる。普通にしていればいい、普通にしていれば……)


 トウジは『隻眼せきがん』の指揮官を見た事で一度町の中へ戻ろうかと頭がよぎったが、考え直してそのまま門を出ようと再び歩き始めるのだった。


 門を通る事自体は何も問題はなく、そのまま最後に門番にチップ代わりに数枚の通貨を渡すと、ケイノトの門番はトウジに『次に来る日を楽しみにしている』と、上機嫌にお決まりの挨拶を口にして通してくれるのだった。


「ああ、また美味い蕎麦そばを楽しみに必ず来るよ」


 トウジは門番の口先だけの世辞に対して、自分も適当な事を告げて門を出る。


(当分は来る事はないだろうがな)


 再びちらりと妖魔退魔師の姿を横目にそう考えるトウジであったが、ふと視線を向けた先に居る筈の『隻眼』の姿がなかった事で彼はおかしいなと直ぐに気づいたが、それ以上は怪しまれないように足は止めずに前へ向き直る。しかしそこで歩き始めたトウジの足を強引に止める事態が生じるのであった。


 ――何故なら、トウジの目の前に『隻眼』が立っていたからである。


「お急ぎのところ申し訳ないのですが、少しお話を聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」


 『隻眼』はそう言って足を止めて驚いた顔をしているトウジに話し掛けてくる。その所為で彼の滾らせていた意欲が一気に消沈していく事を自覚するトウジであった。

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