第1204話 戻って来た煌鴟梟のトウジ

「しかしイツキ様が普段何を食べているか何て、俺もよくは知らないぞ」


 ひとまずはトウジの案に乗る事にしたミヤジだったが、イツキが普段この町で何を好んで食べているかなど知る由もない為に、困った様相を浮かべながらそう告げた。


「まぁ別に何でもいいんだがな……。ユウゲ殿が確か同じ『特別退魔士とくたいま』のイバキという男が、名物の『蕎麦そば』に目がないってよく愚痴を漏らしていたな。その線で行くとするか……」


「これはあんたの案だ。そこは全部あんたに任せるよ」


 もうボスと部下という関係ではないトウジとミヤジではあったが、先程のやりとりでミヤジも多少は関係を回復させたのか、あけすけにそう告げて笑みを浮かべるのであった。


「よし、じゃあとりあえず表通りに戻るとしよう」


 ミヤジの笑みを見た事でようやくまともに会話が出来る状態になったと判断して、トウジは大きく溜息を吐いた後にそう口にするのであった。


 トウジ達が再びケイノトの町の表通りに戻って来ると、そのまま先程は通り過ぎた店の前で足を止めた。その店には暖簾が掛かっていて、看板には『食事処』と書かれていた。


 実はこの店には過去にソフィ達も訪れた事があった。その時にソフィもこの店の名物である『蕎麦』を食べていたが、このケイノトでは『蕎麦』が有名でこの店の蕎麦を目当てに地方から訪れる程の人気店でもあった。


 トウジ達が店に入ると直ぐに気付いた店の従業員が笑顔で声を掛けてきた。


「おいでやす! えーっとお二人さんね……。ちょっと今はお座席が空いてませんで、立ちになりますけど……」


 最近はこの店でも座敷が用意され始めたが、元々は直ぐに回せる立ち食いが基本の店であった為に、空いている席を確認していた女性の店員は、申し訳なさそうにしながらトウジ達にそう告げるのだった。


「すまない。俺達は客ではあるんだが、此処で食べるわけじゃないんだ」


「はぁ……? そりゃまたどういう事でっしゃろ?」


 自分達は『退魔組』に居る若衆で仕事で忙しく離れられない事を理由にいつもの『蕎麦』を四人分、イバキ達に運んできて欲しいと頼み人の名指しをしながら事情を説明すると、直ぐにピンと来たのか店の従業員は納得顔を浮かべた。


「金子は普段より多めに払うように言われている。無理を言ってすまないが、今日だけ用意してもらえると助かるのだが……」


 金子の入った巾着を目の前の机の上に置くトウジだった。どうやら中はぎっしりと詰まっているようで、トウジが置いた拍子にじゃらじゃらと大きな音が聞こえた。


「! はぁ、ほなちょっと……、まっとくれやす?」


 首を軽く傾げながらニコリと愛嬌のある笑顔を見せたかと思うと、踵を返してぱたぱたと従業員は奥の部屋へと入っていった。どうやら頼めるか確認に行ってくれたという事だろう。最後に見せた大きな音を立てた金子の入った巾着を食い入るように視線を向けていたところを見ると、十分に交渉の余地があると認められた様子であった。


「今のアンタだったら疑いようもなく『煌鴟梟こうしきょう』のボスなんだがな」


「ん? 何か言ったか」


「いや、何でもないですよ」


(あんな虚ろな目をしていたのは、一体何だったんだろうな。今の正常な姿のままだったら、あんな失態見せずに済んだだろうに……。全くこのボスの事が分からない)


 そう考えるミヤジではあったが、確かな事は目の前に居るトウジこそが、イツキ様が連れてきた当時のままの『煌鴟梟』のボスのトウジの姿なのであった。つまりは相手の心理を上手く読んでその上で利用しながら物事を自分の思い通りに進めるボスが戻って来たという事の証左であり、先程ミヤジが口に出して本音を告げた通り、このまま『退魔組』に入り込む事に関しては何も心配する必要はなくなったのだろうと、彼は認めたのであった。

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