第1205話 天秤棒と蕎麦

 ミヤジがそんな事を考えていると、奥の方から先程の従業員とは違う女性が急いでこちらへ向かって来るのが見えた。


「お待たせしました。今は少し忙しい時間帯でして、もう少しだけ待っていただけるのであれば私が『退魔組』の方へとお持ち致しますが、それでも宜しいですか?」


 どうやらこの子は言葉遣いを省みるに、この『ケイノト』出身ではなさそうだった。


「あぁ、いや、わざわざ運んでもらう必要はない。作ってもらえるならそのまま俺達が運ぶ。食い終わったら鉢をまた持ってくるから、料理を出してくれたらそれでいい」


「はぁ……、それは助かります……。ではそのように伝えてきます」


「何度もすまないな、よろしく頼むよ」


 再度従業員が料理人に伝えに戻る後ろ姿を見ながら、トウジはほっと溜息を吐いた。


「運んでもらったら何の意味もないっすからね」


「ああ、まぁ東の都で行われている本来の出前とは違う形だが、金子さえしっかり払えば何も間違いじゃない。後で見張りがここに確認に訪れようと、俺らが退魔組の若衆に口裏を合わせておけば問題はないしな」


 この町に来た時に話をしていた通り『特別退魔士とくたいま』が全員任務から外れてここ『ケイノト』に戻ってきているという情報を掴んでいるトウジ達だからこそ、トウジはこの案を決行をしたようだった。


 しかしここで一つトウジの思惑には穴があった。確かに今も『特別退魔士とくたいま』は全員『退魔組』に戻ってきている。彼が名を出した蕎麦に目が無い『イバキ』という『特別退魔士とくたいま』も間違いなく『退魔組』に居た。だが、そのイバキは『イダラマ』一派との争いに巻き込まれた後に、自身の『式』である『劉鷺』と共に『妖魔山』の方へとその身を寄せてしまっている為、もう『退魔組』には居ないという事実であった。


 こうして実際に料理を作ってもらえる事になったのだから、そこまで問題はない話なのかもしれないが、操られていないトウジという煌鴟梟のボスであった男が、こういったミスを起こすのは珍しい事であり、全ての裏を取った後に問題がないと断言が出来てようやく案を使う事に思考を働かせる人間なのだが、今回の場合は捕縛されていた事が関与している所為なのか、少しばかりこの事からも余裕が無い事が窺える。まだ小さなミスに過ぎないが、絶対的な自信がなければ思考した案を行動に移さない完璧主義者のトウジが、ボタンを掛け違えた最初の一端となるのであった。


 トウジはミヤジとの会話が途切れた後、この食事処で食事を行っている者達を観察するように周囲を見回し始めた。


(この食事処は『蕎麦』を出す『ケイノト』の名物の店だけあって、客は途切れずまた客層を見るに活気に満ち溢れている。前時代と違って現代では『妖魔退魔師』の庇護下にある町に比べて『妖魔召士』が面倒を見ている領地はどこも暗い顔をしているものだが、流石に『妖魔召士』組織の中心街と呼ばれる『ケイノト』は違うな)


 裏と表の商売を幾度と無く続けて来た煌鴟梟のボスであったトウジは、次の商い場所を『ヒュウガ』と今回決めた事で、その関連のあるあらゆる商いの場所を模索しようと、まずは『ケイノト』の食事処から観察を始めた様子であった。


「えらいすんまへん、おまっとさんです。それにしても、ほんまにうちらがお運びせんでもええんですか?」


 物思いに耽っていたトウジの元に、最初の従業員が人数分の蕎麦を振売が使っているような木箱を括りつけた天秤棒に蕎麦を指定した人数分入れて、目の前で用意してくれるのであった。


「ああ、感謝する。しかしこれは……、ちょっと大きい作りなのだな」


「野菜や魚やのうて、蕎麦ですやろ? こっちのほうがええんとちゃうかと旦那に言われまして」


 そう言って蕎麦を茹でている店主の方を見る従業員に、つられてトウジ達も主人の方に視線を向けるのだった。


「お二人さんで運べるようになっておりますので。ほな気を付けて運んでください、おおきに!」


 そう言って店の主人はトウジ達に笑顔を向けた後は、直ぐに注文の蕎麦作りに戻っていた。


「そうだな。じゃあミヤジ、お前後ろを持ってくれ」


「あ、ええ……、そりゃ構いませんが」


 トウジに作戦を全て任せると言った手前、今更手伝わないわけにもいかないミヤジはどこか釈然としない様子ではあったが、言葉では素直に頷きを見せるのであった。


「それじゃあ無理を言ってすまなかったな。金子を検めてくれ。足りない事はない筈だ」


 そう言って金子が唸るほどに入っていた、先程の巾着をそのまま丸ごと渡すトウジであった。


「え! こ、これ全部? ほ、ほんまに……?」


 受け取った巾着の中身を確認したその従業員は、何度もトウジの顔と巾着袋に視線を行き来させながら、本当にいいのかと何度も確認をするのであった。


「いつも世話になっている上に無理を承知で頼むのだからと、イバキの旦那に頼まれた事ですので。遠慮せずに受け取ってください」


「いやー、えらい助かります。こんなに貰えるなら、ほんまにいつでも遠慮のう言うてくださいね?」


 その従業員は上機嫌で笑いながらそんな冗談を口にするのであった。


「ははは! 伝えておきますよ。それじゃあ、食べ終えたらこれをまた返しに来ますので」


 そう言いながら『トウジ』は『ミヤジ』が担ぎ始めている天秤棒を軽く叩きながら告げると、従業員はいつでも構いませんと言って頷いてくれるのであった。


「それじゃ、どうも」


「おおきに!」


 …………


 二人で蕎麦を担ぎながら暖簾を潜って食事処を出るのであった。


「よし……! ミヤジ『退魔組』へ行くぞ」


「分かってますよ……」


 こうして準備を整えたトウジ達は、『蕎麦』を天秤棒で担ぎながら『退魔組』へと向かうのであった。

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