第1196話 エイジの新たな一歩

「言ってくれる……」


 ミスズの言葉を聞いたエイジは、口元は緩めながらも目をギラつかせていた。その表情を見たミスズはどうやら自分の言いたい事が正しく伝わっているようだと判断する。


「今後の貴方の行動を楽しみにしていますよ」


 そう言ってミスズが立ち上がった後、傍で一部始終を見守っていたソフィは嬉しそうに頬を緩めていたが、やがてはミスズに少し遅れて立ち上がりながら視線をエイジに向けた。


「エイジ殿が現状に納得出来ないと思うのであれば、他人に期待をする前に自らの手で切り開いてみる事だ。そうする事で見えてくる事もあるだろう」


「ソフィ殿……」


 ミスズの意図を汲んだソフィが補うようにそう口にすると、エイジはやる気に満ちているような表情を浮かべていた。ちらりとソフィはそのエイジの隣に居るゲンロクを見ると視線が合うのだった。


 どうやら彼もミスズやソフィの意図を理解しているのだろう。視線の合ったソフィに軽く頷いて見せたのだった。


(過去の妖魔召士の組織と今の現状を比較して嘆くくらいであるならば、過去の『理想』であった頃の組織に近づけるように、エイジ殿自らが行動を起こすところから始めなければならぬ。そこに失敗があったとしてもエイジ殿が全ての責任を取らずとも、ゲンロク殿という現状一番この組織の長と呼べる存在がいるのだから、エイジ殿は今このタイミングで戻る事が一番正解だろう)


 最後にゲンロクに視線を向けた時に彼はソフィに対して頷いて見せた。つまり彼もソフィのこの考えを理解しているという事の証左であろう。エイジ殿が今後どういった事を成し遂げるかは未知数だが、少なくとも『退魔組』を一から組織として作り出したゲンロク殿の行動力と、エイジ殿の過去の理想を取り戻そうとする意思が重なり合えば、きっとヒュウガがゲンロクの片腕であった頃よりは遥かにいい方向へと組織は導かれる事になるだろう。


 先程のエイジ殿の発言からも『妖魔召士』の有り様とを本気で考えているという事は明白である以上、何も心配は要らぬだろうとソフィは考えるのであった。


「さて、それではサカダイとやらに戻ろうと思うがもう構わぬか?」


 ソフィがそう口にするとミスズやゲンロク達も頷いた。


「それではエイジ殿にゲンロク殿。突然押し掛けてきてすまなかったな。またヒュウガとやらの件が片付いたら『妖魔山』で行動を共にする事になるだろう。その時は宜しく頼む」


「え?」


「あ……」


 突然のソフィのその言葉に『妖魔山』の調査にソフィも参加するという事を伝え忘れていたミスズの声と、何もその事を知らされていないゲンロク達の声が同時に重なるのであった。


 ……

 ……

 ……


 ソフィ達がゲンロクの里でそんなやり取りを行っている頃、ヒュウガ達はキクゾウと連絡を取るために『煌鴟梟』のアジトがあった場所の近くの山の上に到着する。


 見晴らしのいい場所を彼らは陣取ると、自分達がつけられていないか周囲の確認をしっかりとし終えた後に『結界』を施す。旅籠町に捕縛されていた『キネツグ』達を解放した時に屯所にはった『結界』と同じであり、この結界は人除けと同じ妖魔召士達からの魔力を感知させる事を防ぐという二つの効果を併せ持っている非常に重宝される『結界』であった。


 この『結界』はある場所に一定期間張る事を目的とされる『結界』タイプで、妖魔退魔師達が呼んでいるような『上位』の妖魔召士達が好んで使う『結界』であった。当然使用する魔力も膨大な為に使う者を選ぶ『結界』ではあるが、ヒュウガ程になると一定期間使い続けてもそこまで苦には感じないようであった。


「さて、そろそろ時間の筈ですが……」


 既にヒュウガはケイノトの近くに潜伏している筈の配下の妖魔召士『キクゾウ』に、旅籠町に収監されていた者達を解放し終えた事を『式』をとばした事で伝え終えていた。後はキクゾウ達に何かトラブルが生じていなければ、そろそろ連絡を持って来る時間の筈であった。


「ヒュウガ様、西の方角の空を見て下さい!」


 伝えた時刻が迫ってきている事を口にしたヒュウガは、部下の言葉に西の空を見上げると、自分が飛ばした『式』と並走をするかのようにもう一体の妖魔が空を飛んでこちらに向かって来ていた。


「……来ましたか」


 自分が飛ばした妖魔の『式』と並んで飛んでいる梟の妖魔は、山の頂付近に居るヒュウガ達の姿を視界に入れると同時に人型の姿を現しながら近づいてくるのであった。


 ――この梟の妖魔の名は『浮梟うふく』。


 上位妖魔召士『キクゾウ』が諜報活動を行う時に使用する妖魔であり、闇に紛れて無音で移動する為に余程気を付けていなければ、彼ら『妖魔召士』達であっても気付かない程の隠密性を持っている妖魔であった。

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