第1194話 女帝の片鱗

「断言は出来ぬがヒュウガは『ケイノト』に居る退魔組の連中を巻き込むつもりであろうな」


 思考の波に呑まれていたミスズは、ゲンロクの言葉に再び意識を戻す。


「退魔組は貴方の代で作られた妖魔召士の下部組織の筈だと記憶をしていますが、退魔組の者達は貴方を裏切ったヒュウガ殿に付き従うのですか?」


 既にミスズは『退魔組』の現場の頭領である『サテツ』が妖魔召士の長であったゲンロクではなく、ヒュウガと裏で繋がっているという情報を掴んでいる。つまりミスズの言葉は単に事実確認というワケではなく、ここでゲンロクがどう答えるかを見ようとしていたのだった。


「情けない話だが『退魔組』は、ヒュウガが組織を離れる前からすでにワシを裏切っておったようだ。それが証拠にサテツはワシにはいつも小気味よい言葉ばかりを述べておったのだが、実際にケイノトで起きている様々な報告はワシではなくヒュウガに行っていたようだ」


「成程。つまりはヒュウガ殿は最初から貴方を裏切るつもりで行動を重ねていたという事でしょうね。それが妖魔召士組織を裏から牛耳るつもりが、今回の事が原因で組織を出て行かなくてはならなくなり、苦肉の策から新たに自分に従う者達の数を集めて自分の組織を生み出そうとしている……と、言ったところでしょうか」


「そこまでは分からぬが、元々里に居た者達の中にもヒュウガを慕っておった連中は数多く居た。そやつらが全員ヒュウガと共に姿を晦ませたという事は、少なくともヒュウガについたという事だろうからな。退魔組も同じようにあやつに従うだろう」


 事実を自分の口で語った事で現実を目の当たりにしてしまったのだろう。ゲンロクは口を閉ざしながら顔を隠すように項垂れてしまった。


「ゲンロク……」


 和解を果たしたエイジは気落ちしているゲンロクを慰めるように、肩に手を置いて心配そうに名前を呼んだ。今のエイジはどうやらゲンロクを本当の仲間と認めたようで、その様子から本気で心配しているのだと見て取れる。


「すまぬ。もう大丈夫だ、エイジ」


(自分で作った『退魔組』を奪われた挙句、今回の出来事がなければ『妖魔召士』の組織自体を奪われかけていたというのに、その事実に今更気づいて項垂れている。更には前回の会合で醜く嫉妬をしていたエイジ殿にこうして気にかけてもらって気を紛らわしている)


 ミスズはゲンロクの今の姿を見て軽蔑とまではいかないが、組織を導く立場に居る者として、同じ立場に居る筈のゲンロクの有様を見てと考えてしまうのだった。


 ここがミスズの自室であれば、大きく溜息を吐いていたところだとミスズが考えていた時、ふと視線を感じてそちらを見ると、ソフィがじっと自分を見ている事に気づき慌ててミスズは背筋を伸ばした。


(ソフィ殿の視線の意図が読めない。何を思って私を見ていたというのでしょうか? い、いや今はそんな事を気にしている場合ではなく、今後の事を話さなければ……)


 まるでミスズの考えていた事を読まれたかのようなソフィの視線に、僅かではあったがミスズは心を乱されてしまうのであった。


 彼女が他人に対してこんな思いをさせられたのは、いつ以来ぶりだろうか。自分の信頼する総長シゲンと初めて出会った以来かもしれない。平常心を保とうと静かに呼吸を整えるミスズであった。


「ではケイノトの『退魔組』はこちら側ではなく、最初からヒュウガ側に付くと考えて行動をした方が良さそうですね。既にうちの隊士をケイノトに派遣させて『退魔組』を見張らせているので、そちらの報告を待ちながら『ケイノト』へ向かう準備を進めます。ゲンロク殿、申し訳ないのですが前回の会合で決まった『妖魔山』の調査の件ですが、こちらの事情を汲んで頂き先にヒュウガ殿の方の問題を片付けさせて欲しいのですが」


「あ、ああ……、それは勿論だ。あやつがお主らの組織に対してやった事は、決して『妖魔召士』として許される事ではない。前回の事に関してもあやつが主導で行った事だからな、お主の言う通りにあやつには責任を取らせねばならぬ!」


 そう話すゲンロクだが、どうやら彼自身もヒュウガには思うところがあるようで、かつての自分の右腕だった男を恨むようにそう告げるのであった。


「元々はこちらの組織の問題でもあったのだ、ワシらも『妖魔召士』としてお主らと協力をさせて頂こう!」


「いえ、ヒュウガ殿の件は我々『妖魔退魔師』側で片をつけさせて欲しい。ゲンロク殿達が助力をしてくれるというのであれば『妖魔山』を含めた『イダラマ』殿の件をお願いします」


「なっ……!? み、ミスズ殿! ヒュウガを単なる『妖魔召士』とお思いなら考え直して欲しい! 先程も言ったがあのヒュウガは『式』に頼らずとも高ランクの妖魔と戦える程の『魔力』を有しているのだ……!」


 ヒュウガの事を話すゲンロクの言葉は、間違いなく本音だろう。元々自身の片腕としてこの組織の最高幹部に据えていたくらいなのだから、その力量は本物であると判断は出来る。


「単なる妖魔召士とは思ってはいませんよ。むしろ私はヒュウガ殿の実力を前時代の『妖魔召士』と遜色の無いくらいだと、それこそ『』殿や『』殿と同格と見ています」


「「!?」」


「み、ミスズ殿……!」


 エイジはミスズの言葉を聞いて『サイヨウ』の名前に反応し、ゲンロクは『シギン』の名前に反応するのだった。そして何かを言おうと口にしているのを見たミスズは、それを遮るように言葉をかぶせる。


「その上で我々『妖魔退魔師』は組織が一丸となって、ヒュウガの一派を全員戦闘不能にした上で拘束します。そこに貴方がた『妖魔召士』の介入は許可出来ない。これは妖魔退魔師の大事な隊士を殺められた報復と受け取って頂いて構いません」


 ぴしゃりと言い放ったミスズにゲンロクは二の句が継げず、エイジはその真意を確かめるようにミスズの目を見る。そしてエイジの視線を前回の会合の時と同じように、今度はミスズがエイジの視線を真っ向からぶつけるのであった。


(……こ、この女、本当にただの人間なのかよ? 中身はあの『女帝エイネ』が入ってるんじゃねぇのか!?)


 傍から『妖魔召士』と『妖魔退魔師』のやり取りをソフィ達と同じように見ていたセルバスは、現在の主と認めているソフィと戦うところや、魔族の『魔瞳まどう』である『金色の目ゴールド・アイ』を回避したりしているところも見て信じられない女だと思っていたが、こうしてまた他人を圧倒するような言葉を省みて、まるで『アレルバレル』の世界で恐れられるソフィの魔王軍に所属する『九大魔王』の『女帝エイネ』の姿と目の前の人間であるミスズが、つい重なって見えてしまう程であった。

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