第1105話 決意をする妖魔召士の長

「待たせてすまなかったな……」


 先日と同じ言葉を席に着いたシゲン達に向けて『妖魔召士ようましょうし』の長であるゲンロクが告げた。


 しかし明確に前回と違って数年は年老いたように疲弊しきった表情だった。どうやら彼は与えられた時間を必死に考える事に使ったようである。


「ではゲンロク殿、答えを聞かせてもらおうか?」


 もう今回は長々と話をするつもりがないのか総長のシゲンは席に着くなり、ゲンロクに結論を聞かせてくれと口にする。


「その事だがシゲン殿『妖魔山』の管理はそちらに任せる代わりに、二つ程条件をつけさせて欲しい」


 どうやら一睡もしていなかったのか、ゲンロクは血走った目を真っすぐに『妖魔退魔師ようまたいまし』総長シゲンに合わせながら告げるのだった。


「……」


 シゲンは腕を組んだまま何も言葉を発する事なく、必死の形相のゲンロクに目を合わせる。前回とは違って今のゲンロクの目からは決死の覚悟を感じられる。どうやら平和ボケで錆付いていた矜持などが取り払われて前時代の『妖魔召士ようましょうし』達と同じ威圧感を放っていた。


 その目を見たシゲンはようやく本気になったかと内心で満足そうにするのだった。


「条件? そんな物に応じる必要はこちらには……」


「いいだろう。ゲンロク殿、ではその条件とやらを聞かせてもらおうか?」


 条件をつけようとするゲンロクに副総長のミスズが却下しようとするが、シゲンがミスズに手で制するとミスズはそのまま言葉を呑み込み押し黙る。


「まず、妖魔山の管理を渡すにあたって禁止区域へ入る時はこのワシも同行させて欲しい。最奥の禁止区域をシゲン殿達が入る時、その様子をワシに見せて欲しいのだ」


 どうやらこれは『禁止区域』の妖魔に対してシゲンがどの程度の対抗が出来るか、その一回目の時に判断を下そうとゲンロクは考えたようである。


「……」


 シゲンはゲンロクの言葉の真意を確かめようとするが、裏などは何も無く本当にこの世界の事を考えての言動の様子であった。組織間の駆け引きなどではなく、真剣に町に生きる者達の事を考えて、シゲン達と共に山の禁止区域へと入ろうというのだろう。


「分かった、ゲンロク殿。我々が禁止区域に入る時は、真っ先に貴方に話をすると約束しよう」


 ゲンロクはその言葉を聞いて、神妙に頷くのだった。


「それでは、二つ目の条件とは?」


「うむ、もう一つの条件は山や禁止区域とは関係がなく、我々の『妖魔召士ようましょうし』の問題なのだが、後継を立てる間はワシを『妖魔召士ようましょうし』の長のままで居させて欲しいのだ」


 どうやら前回の会合の終わりにシゲンが、弱腰で何も言葉を出せない様子のゲンロクに対して発破をかける為に告げた条件の事のようであった。


「本当に情けない事だが今ワシが『妖魔召士ようましょうし』の座を降りれば『妖魔召士ようましょうし』を束ねる者が居なくなってしまい組織が空中分解してしまう。頼むシゲン殿! 本当に後継を立てるまでの間だけでいいのだ。決まれば直ぐにワシは引退でも隠居でもする。嘘や偽りがないと約束する……。この通りだ、頼むシゲン殿!」


 ――『妖魔召士ようましょうし』の長であるゲンロクは、畳の上に頭をつけて対立する組織の長に対して土下座をするのだった。


「「げ、ゲンロク様……!!」」


 その場に居る『妖魔召士ようましょうし』達は、ゲンロクの土下座に驚きの声をあげる。シゲンもまた眉を寄せて険しい表情になった。彼がまだ『妖魔退魔師ようまたいまし』の長となる前、既に第一線で活躍を見せていた、あのゲンロクという『妖魔召士ようましょうし』が、自分にこうして土下座をしている。


 ミスズはその様子を冷静に見ながら何かを考えている。そしてヒノエは片膝をついてどこかを浮かべてそっぽを向いた。


 ちらりとシゲンはミスズの方を見ると、ミスズはシゲンが視線を向ける前からもうシゲンが自分を見て来るだろうと予測していたようでシゲンとぴったりと視線が合うのだった。


 だが、二人は互いに視線を交わし合うだけで会話を行う事はしない。やがてシゲンは自分から視線を切ると、再び下げ続けているゲンロクの方を見た。


「頭をあげてくれ、ゲンロク殿。次の『妖魔召士ようましょうし』の長が決まるまでは、そのまま暫定の長を続けるがいい」


「ほ、本当か! 恩に着るぞ、シゲン殿!」


 頭を下げたまま両手を地に手を付けた状態で感謝を告げるゲンロクだった。


「だがこれだけは、肝に銘じておいてくれ。今後の貴方は今日までのような『暫定の長』という立場ですらない。あくまで次の代の長が決まるまでの『妖魔召士ようましょうし』の長の補佐役だ。そして長の役回りを伸ばすような。つまり次の代の長を決める事に必要以上に時間を掛けるような真似をすれば、いつでも我々は行動に出させてもらう」


「分かっている。直ぐに次の長を見極めて代替わりを約束する」


「では、今回の一件はこれで終わりだ。今後『妖魔山』は我々『妖魔退魔師ようまたいまし』側が管理を受け持つ。それでいいな?」


「ああ、この会合が始まるまで長であったワシが認め……」


 ――それは少しそれは待ってもらおうか!!


 ゲンロクがシゲンの言葉に同意しようとしたが、その言葉を言い切る前にゲンロク達の居る部屋の扉が開かれて、待ったをかける声が聞こえてくるのだった。

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