第1045話 勝手な行動

「取り乱して悪かったわね」


 深呼吸をしてようやく落ち着いたのか、珍しくキネツグに謝罪をしてくるチアキだった。どうやら自分でも冷静さを見失っていたと自覚していたのだろう。


「まぁ仕方ねぇよ。とりあえずエイジ殿だけじゃなくて、件の二人組も尋常じゃない強さだという事は理解したよ」


「……」


 キネツグの言葉を聞いて確かにその通りだと考えたチアキだったが、どうしても伝えておきたかった事だけを簡潔に言葉にするのだった。


「その件の二人組の片割れ。ソフィっていう男は、間違ってもあたしが、じゃなかったわ……」


 どうやら冷静になった様子の今でもそのソフィという男だけは、変わらずにチアキが持ち上げるのを聞いて、キネツグはソフィと言う男の名を胸に刻むのであった。


「その『』がどうとかっていう話は置いといてもよ。ソフィって男がお前の『魔瞳まどう』を解除したっていうのは理解した。つまりそいつは最低でも『妖魔召士ようましょうし』以上の魔力を有しているって事だ。だったらもう関わらない方が良いだろうな」


 チアキも同じことを考えていた様子で、キネツグには見えていないだろうがコクリと頷いて同意を示すのであった。


「それでこれからどうするんだ?」


 どうやらキネツグがチアキに聞きたい本題は、ここからだった様子である。


「それもねぇ、今は大人しくしている他なさそうなのよ」


「どういう事だ? 今はエイジ殿やソフィって奴が居るから大人しくしておこうって事か?」


 その言葉にチアキは深い溜息を吐いた。


「魔力を使ってみれば分かるわよ」


 何やら諦観した様子を見せたチアキだが、キネツグが理由を尋ねようとしたその時、何やら上の方から大きな音が聞こえたかと思うと、次々とチアキ達が居る部屋の前から足音が聞こえてくるのであった。


「サッサと歩け! 全く人騒がせな奴だ!」


 どうやらキネツグ達のように捕らえられた男が、この牢室に運ばれてきた様子であった。


「どうやらさっき大声で騒いでいた馬鹿が、あっさりと捕まえられたようね」


 意識を失っていたキネツグは、何の事か分からない様子であったが、この刃物男の叫びによってキネツグは意識を取り戻したのである。そしてその刃物男は、どうやらチアキ達が居る部屋を通り過ぎて、更に奥の部屋に連れていかれたようである。


「なぁ? 今なら見張りを掻い潜って逃げられねぇか?」


 『魔瞳まどう』を使えないように目隠しをさせられた挙句、手足もふん縛られている状態で、床に転がされているキネツグだが、何とか脱走が出来ないものかとチアキに告げるのであった。


「ふふっ、アンタは相変わらずブレない奴よねぇ?」


 先程まで意気消沈と言った様子で、この世の終わりのような顔をしていたチアキだが、普段と変わらない相方と呼んで差し支えないキネツグの口振りに、思わず笑みがこぼれてしまうのであった。


「でも脱走するのは諦めた方が良いわね。《・》


 キネツグは余りにはっきりと、断言をするチアキの言葉に『らしくないな』と心の中で思うのであった。


 ……

 ……

 ……


「何事だというのだ?」


 その頃屯所でヌー達と酒を呑み交わしていたソフィは、外からの突然の叫び声に意識をそちらに向けられていた。


「あの突拍子もねぇ行動は催眠状態に近いんじゃねぇか? 『アレルバレル』の世界であればまず『魔瞳まどう』の影響を受けているとピンと来るもんだが、この世界じゃどっちかわかんねぇな」


 先程までテアと楽しそうに喋っていた奴と同じ存在と思えぬほどに、ギロリと部屋の窓から外に居る奴を睨みつけるヌーであった。


「『金色の目ゴールド・アイ】』か。そういえばセルバスとやらはまだ戻って来ぬのか」


 『魔瞳まどう』を扱う多くの魔族が居る世界『アレルバレル』の話題が出た事でこの場に居ないセルバスの事を口にしたソフィは、同じ世界の魔族同士であるヌーに意味ありげな視線を送る。


「あの野郎……。また何を勝手にやらかしやがった」


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』を全て消滅させようとするようなソフィに対して、あの他者に対して何も思わないようなヌーが、生かしといてやれと告げて温情を掛けてやったというのに、また勝手を起こして問題を起こさせようとしているのを感じ取って、ヌーはせっかくテアと楽しくしゃべって上機嫌だった気持ちが薄れて行くのであった。

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