第1043話 素直になれないチアキの本音

「お、終わり……?」


 チアキが何かを諦観しているというのは、目を覆い隠されていている状態である今のキネツグにも伝わった。


 チアキの言葉を聞いたキネツグは『予備群よびぐんに捕らえられた事によって、弱気になっているのだろうかと考えたが、このチアキに限ってはそんな事はあり得ないと直ぐ様思い直した。


 このチアキという女性は『妖魔召士ようましょうし』としての力を有しているという事に関係はなく、勝ち気で無鉄砲な性格をしていて、自分の興味を満たす何かがそこにあるならば、危険を省みずにその何かに手を伸ばすようなそんな女なのである。


 今更『予備群よびぐん』に身柄を拘束されたからと言って、その事に不安を抱いてどうしようとか、情けない事を言い出すようなやつではないとキネツグはよく知っていた。


「捕えられて弱気になるお前じゃないという事は俺が一番よく知っている。それをお前程の女が何をそんなに悲観しているんだよ?」


 互いの姿すら自分の目で確認出来ない、縛られた状態だと言うのに、相手の事を分かった気になっているキネツグの言葉に、言われた張本人であるチアキはようやく考えていた内容の呪縛から解き放たれたかのように自然と口角を吊り上げて笑みを浮かべられたのだった。


「あんたってさ、単純で馬鹿な奴だけど、一緒に居てくれたら何も悩む事なんてなくなりそうだわ」


「何だよそりゃ……」


 目を覆い隠された暗闇の中で本音をキネツグに聞かせるチアキだった。

 もちろんこんな風に本心を告げられるのは相手の姿が見えない閉ざされた視界だからこそ、チアキは言えたのだと自分で理解している。そして普段であれば気恥ずかしくて言えない事でも、勢いづいた今であれば続きも言える気がしてチアキは、そのまま本音を続けて口にしていく。


「ヒュウガ様に狙うように指示された二人組の事だけど、本当にやばいのは、あの大柄の奴じゃなくて、

 ……」


 キネツグは目を覆い隠されている為、今チアキがどんな表情をしているかは分からない。しかし声の感じからいつものように、冗談や軽口を言っているような感じでは無い。どうやらチアキは心の底から本当に思っている事なのだろう。


「俺がエイジ殿と戦っていた時にお前が相手をした奴だな? 『妖魔召士ようましょうし』が相手でないなら無理に接近せずに『青い目ブルー・アイ』で奴らを動けなくして、適当に『式』に攻撃するように指示をして戦わせればよかったんじゃねぇか?」


 自分が当事者ではなかったのならば、チアキもキネツグの言葉に同意する。

 『妖魔退魔師ようまたいまし』達程の強さがない『妖魔召士ようましょうし』が、これまで自分達より力の強い妖魔と戦ってこれたのは、その魔力の高さを活かした『魔瞳まどう』と『捉術そくじゅつ』のおかげなのである。


「あたしが出来る事は全て試したわよ。あたしが苦労して『式』にした鬼人『英鬼えいき』に禁術を用いて、ランク『5.5』相当にして攻撃をさせたしね……」


(そう言えばエイジ殿には『虚空丸こくうまる』や『卓鬼たくき』もまるで通用がしなかったな……)


 キネツグはその言葉に自分の鬼人がエイジ殿に、あっさりとやられた事を思い出し始めるのだった。


「あの二人組の片割れ。ソフィっていう奴はね、そんな『英鬼えいき』の攻撃をわざと、まるで威力を確かめるように、何度も何度も『英鬼えいき』の攻撃を受け続けたかと思うと、そんな程度かとばかりに大笑いを始めたのよ! そ、そして最後には『英鬼えいき』はあっさりと意識を失わされた。手加減なんて生易しいものじゃなくて、軽く腹を小突く感じで……」


 キネツグはそのチアキの言葉にごくりと生唾を飲み込んだ。

 『縛呪ばくじゅぎょう』を用いたランク『4.5』の妖魔は、ランク『5.5』から『6』相当に匹敵する。つまり戦力値でいえば5000億を優に超えるという事である。


 そんな高ランクの妖魔である鬼人の攻撃を受け続けて笑っていた? 身一つで戦い続ける『妖魔退魔師ようまたいまし』の連中であれば、もしかすると一度くらいならば『鬼人』の攻撃を受けても耐えられる可能性はあるが『妖魔召士ようましょうし』であれば『結界』を施してようやく相手の物理攻撃の脅威に晒されても、その場で立っていられるくらいなのである。決して『結界』なしでは、攻撃を受けられる筈が無い。


(それが『結界』もなしにただの人間が鬼人の攻撃を耐えただと? い、いや、ヒュウガ様が言うには人間ではなく、厳密には魔族とかいう種族なのだと言っていたが、見た目は完全に人間と変わらなかった筈だ……)


 大柄で高身長なヌーとかいう方ならまだわかるが、ソフィとか言う奴の方は、見た目は肩幅も狭く華奢な体つきであった上に、顔も中性的で力も全く強そうには見えなかった。


 普段通りのチアキが告げていたならば、面白い冗談だなとばかりに『キネツグ』は笑い飛ばしていたところである。


「でもね……。信じられないのはよ」


 その後にチアキの口から発せられた言葉に、ようやく最初にチアキが言っていたを理解した『キネツグ』は、これまでとは比べ物にならない程の衝撃をその身に受ける事になるのであった。


 ……

 ……

 ……

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