第1007話 エイジVS十体の紫刃虎

(先程ヌーの野郎がハゲ頭の先輩に苦戦をしているように見えたのはヌーが何かを試しているのか、遊んでいるだけだと思っていたが、も、もしかして、本当に苦戦を強いられていたという事か!?)


 セルバスはようやくこの世界が『』では無いという事に、遅ればせながら気づき始めるのであった。


(い、いや……! この場に居る連中が異常なだけの筈だ! お、俺は運悪く、この世界の支配者に近い連中の元に来ちまったのか!)


 セルバスは自問自答をしながら勝手に納得をはじめて、本当にあの紫色の虎が戦力値が『80』億なのだという現実に背けていた目を向け始めるのであった。


 …………


「お主ら誰に対してそんな舐めた口を利いているのだ? サイヨウ様やシギン様が居た時代のお主達と、似ても似つかぬのだが」


 ゲラゲラとエイジを馬鹿にしながら笑っていた『妖魔召士ようましょうし』達は、そのエイジの言葉を受けてピタリと馬鹿笑いを止めた。


「いつまで昔の事を言っているんですかね?」


「古い話を持ち出して来て我が物顔で昔を語る。年をとってもこうはなりたくないわね『キネツグ』?」


「ああ。そうだな『チアキ』。こういうのを老害ろうがいっていうらしいぜ」


 空の上で再びエイジを煽る二人だったが、先程までとは違い二人の顔に笑みはなかった。


「過去の組織の会合で、が、えらく生意気になったものだな? ヒュウガに目を掛けられた事で自分達が偉くなったとでも勘違いしているんじゃないのか?」


 その言葉に空の上に居る『キネツグ』と『チアキ』の二人の『妖魔召士ようましょうし』は、恐ろしく顔を歪ませながら、池を渡す橋の上に立っているエイジを睨みつけた。


「なぁチアキ、俺達の任務は後ろの二人組の抹殺だったが、あのはぐれ者もやっちまっていいと思うか?」


「ええ。私も同じことを考えていたわ。あの二人組に何やら協力をしているようだし、ヒュウガ様には後で『邪魔をされて仕方なく始末した』とでも報告しましょう」


「そりゃあいいや、殺っちまおう」


 二人はどうやらソフィ達だけではなく、かつての同志であった筈のエイジをも片付けようと結論付けた様子だった。


「思い上がるなよ若造。本物の『妖魔召士ようましょうし』の『捉術』の力、再び思い知らせてくれようぞ」


「へっ、戦場を離れた遊び人風情が! 第一線で妖魔と戦い続けている俺達を舐めるなよ!!」


 キネツグは指をパチンと鳴らすと、これまで主たちの長話に付き合いきれない様子で寝そべっていた虎達が立ち上がった。


 そして戦力値を80億をも有する十体の紫の虎達は、唸り声をあげながらその強さを示すかの如く、恐ろしい速度で一気に橋の上に立つエイジの元へと向かってくる。


「お主達には教育が必要だ」


 池を渡す橋の元まで一直線に向かってきた虎達は、橋を前にして縦一列に並んで突っ込んでくる。


 先頭の虎が橋の上に乗りその背後に居たもう一体の虎は、橋の手前から跳躍をしながら上空から鋭利な爪を振り下ろして来る。


 ――捉術、『動殺是決どうさつぜけつ』。


 虎達が向かってきたのを見た時から詠唱を行っていたエイジは、ほぼ同時に先頭集団に居た二体の紫刃虎がエイジの間合いに入り込んだその瞬間に目が青色に輝き『妖魔召士ようましょうし』の『捉術そくじゅつ』が展開されるのであった。


 空を跳躍して迫って来ていた紫色の虎は、上空でピタリと動きを止めたかと思えば、そのまま真下に居たもう一体の虎の上に落ちていく。


 先頭を走ってきていたそのもう一体の虎も為す術無く硬直するように止まっていたところ、その頭上からもう一体の虎の体重に圧し潰されて、やがてはそのまま池の中へと大きな音を立てながら落ちて行った。


 それを見た後列の虎達は池の橋の前で急停止すると、バラけるように四方に離れた後、その場で立ち止まりながらエイジに向けて恐ろしい程に低い、唸り声をあげて威嚇するのだった。


 …………


「あ、あっさりとあの化け物達を止めやがった」


 セルバスが目を丸くしてそう呟くのを聞きながらその横で腕を組んでいたヌーは、険しい表情になった。


(あの青い目は『旅籠町』の酒場で俺が掛けられた目だ)


 ヌーはこの後の展開をじっくりと観察するかの如く、目を金色にさせながらエイジを注視する。


 …………


 紅い『狩衣かりぎぬ』に身を包んだエイジは、橋の上で目を青くさせながら虎達を睨む。やがて唸り声をあげていた虎達は、そのエイジの視線に突き動かされたかのように駆け出し始めた。


 ――いや、駆け出そうとしたところまでは間違ってはいないが、正しくはエイジの元に向かおうとして一歩も動けなかった。


 既に最初の虎達を仕留めた時点でエイジは、その橋の周囲一帯に『青い目ブルー・アイ』を発動と同時に『結界』を施したのである。


 すでに残り八体の虎達はエイジ達の結界の中に閉じ込められていて、エイジが念じるだけでその結界は効力を発揮する。


 最初の動きを止めた虎達に使った『捉術』程に強い効力ではないが、その結界だけで戦力値80億を持つ複数の虎達が一斉に動けなくなる。


 更にエイジは小言で何やら詠唱を開始する。


「去れ」


 ――捉術、『移止境界いときょうかい』。


 そして一言だけエイジが呟いた後、右手を真横に振ると一斉に八体の虎達はその場から影も形も消え失せるのであった。

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