第986話 魔瞳の奥深さと一つの判断

 二代目『煌鴟梟こうしきょう』のボスの護衛であるヒロキは、普段は酒の場所くらいしか訊ねてこない新人のセルバスが珍しく他人の事を聞いて来た為に、内心では少しばかり驚いていた。


「『退魔組』に属する『特別退魔士とくたいま』のユウゲ殿だ」


「『退魔組』ってのは確か、魔物のような奴らを討伐する組織連中の事だったか?」


 この世界に来たばかりのセルバスは、実際に妖魔や退魔士に出会った事は無いが、トウジを魔瞳『金色の目ゴールド・アイ』で操った時に『退魔組』の事やユウゲ達のような退魔士の事を大まかにではあるがトウジから説明を受けていた。


「ああ『妖魔召士ようましょうし』や『妖魔退魔師ようまたいまし』の方々には及ばないだろうが、ユウゲ殿は退魔組の中でも非常に優れた退魔士で、退魔組の中でも一番早く『特別退魔士とくたいま』に選ばれた御方と聞いている」


「……ふんっ。お偉いさんってわけだ」


 セルバスはそう吐き捨てると、もう興味が無くなったのかそのまま去って行く。


「お、おい! 何だアイツ。自分から聞いて来たくせにそれだけかよ」


 ヒロキはユウゲとボスの会話が長引くかもしれないと思い、せっかくセルバスの方から声を掛けてきたのだからちょうどいい暇潰しになると、セルバスと喋ろうと思っていただけに、あっさりと聞きたい事だけを聞いて、そのまま去って行ったセルバスの背中を見ながら溜息を吐くのであった。


 セルバスは元々座っていた椅子に座り直すと、腰を深く落としながらこちらも溜息を吐いた。


(優れた退魔士だか、どうだかは知らねぇが、今のあのボスに掛けてある『金色の目ゴールド・アイ』は『代替身体だいたいしんたい』の『魔瞳まどう』だ。万が一でも、俺の事を訊ねられたらバレるかもしれねぇな)


 『魔瞳まどう』の力は持つ者の『魔力』に左右される。

 このセルバスの『代替身体だいたいしんたい』でも、十分大魔王の領域ではある為、セルバスが任意で洗脳を解くでもしない限りは効果が消える事は無いだろう。


 しかしそれでも『魔瞳まどう』という力を理解している者や、その操っている者の事をよく理解している者であれば、どこかおかしいと考える者がいてもおかしくはない。


 『金色の目ゴールド・アイ』は才ある者であれば、真なる魔王であっても扱える者も多少なりとも存在するが、対象に対して完全な精神の支配を施すには、やはり大魔王領域の上位以上は、最低でも必要になってくる。


 先程のユウゲとかいう男が『セルバス』と目を合わせた時、セルバスは直ぐにユウゲという男は並々ならぬ魔力を保有している事に気づけた。当然戦えば間違いなく勝てる相手ではあるとセルバスは思ったが、魔力量の高さは『漏出サーチ』を使うのを躊躇われる程度には危険だと感じられた。


 セルバスがトウジに掛けた『魔瞳まどう』は、ほぼ完璧に近い洗脳を施してある。普段通りに接するくらいであれば何も問題は無いだろう。


 しかしそれでもトウジに自分の事を訊ねられた場合『魔瞳まどう』の対象者であるトウジの精神が術者のセルバスを認識しようと強く意識する為『金色の目ゴールド・アイ』の効果がより一層強さを増して洗脳者を操ろうとしてしまう為に、目が虚ろになったり、そのまま意識を失い兼ねない。


 何も知らない一般人であれば気づかれる事は無いだろうが、同じ魔族や魔瞳まどうという存在を知る者であれば、気づかれるかもしれない。


 そこまで考えたセルバスは、ヒロキにユウゲの事を聞きに行ったのだが『特別退魔士とくたいま』という存在がどのような者かまでは分からなかった為、直接部屋から出てきたときのユウゲの態度を見て、セルバスは行動に出ようと考えるのであった。


(もし疑わしい目で俺を睨んできたならば、この場で消すしかないだろうな)


 この世界は既に何百年も前に一度だけ、下見に訪れたことがある。

 その時に『ヌー』の言葉を借りるならば『』と判断出来た世界である。


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』を大きくする為、そしてミラの野望を叶える為にこの世界の支配を後回しにした彼だったが、こうして暇が出来た今は『ノックス』という一つの世界を本腰入れて支配してやってもいいかもしれないとばかりに、頃合いと判断したようであった。

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