第924話 信頼と崇拝

 目の前で真剣に悩んでいるテアを見て、ソフィはテアが単なる契約だけでヌーと一緒に居るわけではないのだなと察する。しかしそこで結論を下さずにテアが自分の口で答えるまでは、ソフィは待つ事にするのだった。


 そしてその横に居る魔神は、悩んでいるテアにソフィを待たせるなんて、何様のつもりかしらと考えていたのだが、テアが悩んでいるところを見てむしろ嬉しそうにしているソフィに『魔神』も嬉しくなってしまい、むしろずっと悩んでいるがいいとばかりに魔神は『テア』を見ながら考え始めるのだった。


 どうやら魔神の中では、ソフィが喜んでいたり、嬉しそうにしていたりするのを眺めるのが好きらしく、今のテアの様子は、大歓迎といった感じで魔神は思っていた。


(ん?)


 テアはふと自分を見ている魔神を見て一歩後退る。恐ろしい美貌をしている力の魔神が、自分を見て微笑んでいる。先程までとは百八十度違うその様子に、魔神が何を考えているか分からず、テアは恐怖するのだった。


(な、何なんだ? 何で私を見て笑っているの!? 早く答えないから怒りを堪えて無理矢理に、笑顔を見せているとか!?)


 テアはそこまで考えて慌てて口を開いた。


「――!!」(そ、その……! アイツの事は気に入っていて、アイツがやられるところを見たくないから気合を入れて守ってやろうって思ってます!!)


「――!」


(えっ……。まぁ……! 貴方なんて素晴らしいの!?)


 目の前の死神が単なる契約者である筈の魔族に対して、自分と同じように慕う心に近しいモノを抱いているテアに、これまでの敵視するような視線ではなく、同じ感情を共有する仲間のような目をして『魔神』はテアを見るのだった。


 何やら慌てた様子で魔神に向かって喋り出したテアを見て、ソフィは魔神に何て言っていたかを確かめようと魔神を見る。


「――」(ソフィ。この子は契約主を気に入っていて守りたいと申しているわ。とても素晴らしい子よ)


「ほう、お主が他者を褒めるとはな。しかしそうか。それならば話は早い」


 テアが契約だけの関係ではなく、ヌーを気に入っていて、彼女自身が守ろうという意思を持っているというのならば、ソフィはこの死神を信用してある程度の思考の共有は出来ると判断するのだった。


「我もヌーを死なせたくはないと思っている。出来ればこの世界に居る間は色々と我と協力して欲しいと、伝えてくれるか?」


 ソフィが魔神にそう言うと、コクリと頷いて再びテアと会話を始めるのだった。


 どうやらソフィの伝言が伝わったのか、テアはソフィの方を見て首を縦に振った。


「ふーむ……。お主のおかげでテアの考えを理解出来たのは助かったのだが、やはり咄嗟に意思の疎通が出来ぬのは難儀だな」


「――」(貴方がいいならこの私も現世に留まり続けましょうか)


「ふむ……。結界を張った後にならばそれでも良いのだがな? 実は我達は面倒な事に、色々とこの世界の者達に追われているようなのだ。お主程の魔力を持つ者を常に結界の無い場所で共に居れば、奴らをおびき寄せてしまう事になるのだ」


「――」(貴方に迷惑をかけさせるような連中は、


 表情を一切変えずに非常に危険な言葉を告げる魔神に、テアが目を丸くして驚いている。


(こ、この魔神やべぇ、一介の魔族に対する態度じゃないのは直ぐに理解出来たけど、ソフィさんに対する感情は普通じゃないぞ!?)


 死神の中でもかなり神格が高い『死神貴族』の『テア』は、これまでも神位が上の神々と接する機会はあった。


 当然、この魔神の事ではないが、他の魔神とも会話を交わした経験もあり、魔神は一つの世界を調停する神々としての役割を優先しており、ここまで一介の魔族に対する感情を持ち合わせてはいない。


 ――しかしこの『魔神』は明らかにソフィを気に入っているようだ。


 それも自分がヌーに対する感情とも少し違う気がする……。何にせよこの魔神の前でソフィさんに粗相をするような事があれば、神格を持つ死神貴族テアであっても一瞬で消滅させられてしまうだろう。


(そもそも数多の世界の調停を行う筈の魔神が、一介の魔族と契約を交わしている時点で色々おかしいよ……)


 ソフィに見つめられてうっとりとしている『神』である『力の魔神』を見ながらテアは、そんな風に思うのだった。

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