第904話 大魔王を誘惑する罪深き結界

 ソフィ達が里の前で待たされている間に先程の里の入り口に居た男たちが、エイジに言われた通り、ゲンロクにソフィの事を伝えに向かっていた。


 そして里の一番東側に建てられている広い屋敷に入った彼らは、そのままゲンロクの部屋に向かうのではなく、屋敷の一階の奥にある執務室の部屋の扉を叩いた。


「入りたまえ」


 ゲンロクの許可を得た先程の男たちは、挨拶をしながら部屋の中へ入る。


「仕事で忙しい中、申し訳ありません」


「我らは同じ『妖魔召士ようましょうし』の同志だ。そんな事は遠慮せずに、いつでも声を掛けろと言っているでしょう?」


 執務室で何やら温かい飲み物を飲んでいた男は、口では優しい言葉を掛けているが、仕事中に本当に話しかけて来るなよと視線で訴えていた。


 ゲンロクの屋敷にある執務室で仕事をしていたチェーンの付いた眼鏡をつけている事で、印象的なこの男の名は『ヒュウガ・アキサメ』。


 ゲンロクと志を同じくとする『妖魔召士ようましょうし』で、この里や屋敷に関わる事にはゲンロクから一任されている『ゲンロク一派』の実質的な権力を持つNo.2と呼べる男であった。


 ヒュウガに頭を下げて挨拶をした三人もまた『妖魔召士ようましょうし』ではあるのだが、ゲンロク一派の中では、そこまで偉くはないらしく、こうしてヒュウガにへりくだっている様子であった。


「それで一体どうしたのだ? 入り口の結界が一時的に解除された事から何者かがこの里に入ってきたのだと予想はつくところだが……」


 ヒュウガはチェーンのついた眼鏡を外しながら近くにあった布で、丁寧に眼鏡のレンズを拭き始める。


「はい、あの『エイジ』殿が余所者を連れて、ゲンロクに会わせろと里の入り口に現れましたので、まずはヒュウガ様にお伝えをと考えまして……」


「エイジ殿が?」


 丁寧に拭いていた眼鏡を掛け直すと椅子から立ち上がり、窓際に立って里の入り口を見る。


「どうやら本当のようですね。一体今更何の用でここに……?」


 ここから西のソフィ達の居る入り口までは相当の距離がある為、どんなに視力の良い人間でも見えないが、ヒュウガの掛けている『チェーン付きの眼鏡』が青く光っているところから『目』に何らかの秘密があるようであった。


「エイジ殿は横に居る者達の事をと呼んでいて、ゲンロク様に会わせずに帰らせるような真似をすれば、と言っていました」


 ヒュウガの前に居る『妖魔召士ようましょうし』の男がそう言うと、ヒュウガは眉を寄せて窓を見下ろしながら忌々しそうにエイジを睨んでいた。


「そうか、分かった。この私からゲンロク様に伝えてこよう。お前達は私が戻るまで客室で待っていなさい」


「わ、分かりました!」


「「し、失礼いたします!」」


 ヒュウガの言葉に三人の妖魔召士達は、頭を下げて執務室から出て行くのであった。


 ……

 ……

 ……


「遅いな……。この俺を待たせやがるとはいい度胸だ。この里全域に殲滅魔法をぶちかましてやろうか」


 里の入り口で待たされているソフィ達だったが、先程の男たちがゲンロクに伝えに行ってからそれなりに時間が経ち、痺れを切らしたのかヌーがそんな事を言い始めるのだった。


「クックック、ヌーよやめておけ、そんな事をしても無駄だと思うぞ」


「ああ? そりゃどう言う事だ?」


 ヌーも冗談で魔法を放つと言ったのだが、無駄だとソフィに言われた事が鼻についたのか、眉を寄せてソフィを睨む。


「目を凝らして里を見てみるがよい。お主程であれば、その理由が分かる筈だがな」


「里の中だと?」


 ソフィの言葉を受けてヌーは『魔力感知』を行いながら里の中を凝視する。


「別に何もねぇじゃ……!?」


 何も無いじゃないかと言おうとしたヌーだったが、ようやく彼にも微量な魔力を感知する事が出来たようで、外側から微量な魔力を追う事でようやく、里の中に張られている『が出来たようだった。


「実際に撃ってみねぇ事には分からねぇが、こりゃあ確かに俺でも無理か……もな」


 信じられないといった表情を最初に浮かべたヌーだったが、徐々に現実を理解して自分ではどうしようもないという事に気づき、最後には不機嫌を露呈するような表情で舌打ちをするヌーであった。


 ――そうなのである。


 最初にソフィが告げた通り、この里には結界が施されている。それも単なる人除けや、侵入を知らせる類といった結界ではなく、明確にという力を持った結界であった。


 あらゆる世界の大魔王が居る城の結界よりもこの単なる里に張られている結界が、難攻不落だとヌーは断言できた。つまりこの結界を張ったであろう人間は、ヌー以上の戦力値や魔力値を持っているであろう人物の証明であり、もし戦いになればこの不機嫌な表情からも分かる通り、彼自身が負けるかもしれないと認めてしまったのである。


(く……っ、くそったれめ! 本当にこの世界の連中はどうなっていやがる!!)


 結界一つで戦いもせずに認める事は、ヌーにとっては有り得ないことの一つであった。

 だがこの結界は、単なる戦力値や魔力値が彼よりも高くとも戦闘の『基本研鑽演義きほんけんさんえんぎ』を駆使して、戦闘の仕方で勝敗が変わるとかそういう次元の話では無いのである。


 この結界の規模をソフィやヌーだからこそ見極められたが、ただの防御をするだけの結界と一括りにするのは難しい。


 ソフィの『』のように、相手からの魔力を使った攻撃を防ぐ結界に付与されて、詠唱者の魔力を全て奪い去った上で効果を打ち消すといった、そういう絶望的な付加価値がついているワケでは無い。


 だが、単純に相手の攻撃を防ぐというその一点にのみにこの結界は重点をおいている。それも魔族でいえば『九大魔王』である『ブラスト』や『ディアトロス』。その『魔』を得意とする彼らの更に得意な結界よりもこの里の内部に張られている結界の規模は上をいっている。


 ――『防御系』の『結界』では最上位に位置しているだろう。


 『準魔神級』か、若しくは『』である。


 ソフィに一言アドバイスされただけで、実際に魔法を撃たずにこの結界の規模を把握出来るヌーも当然凄い事なのだが、そんな結界をこの世界の人間が、いともたやすく張っているという事にソフィは嬉しくなるのであった。


(もしかすればこの屋敷に居る『ゲンロク』とやらは、我の願望を叶えるに値する男なのかもしれぬな……)


 そしてまた彼に宿る根深い物に小さくではあるが、うっすらと願望という名の火が灯り始めるのであった。


 ……

 ……

 ……

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