第903話 エイジの凄み

 湖畔から繋がる細い道に入った後は、ここまでほとんどが一本道であった。木々が生い茂る道を通り、この里に辿り着いたソフィ達。里は外から見ても中々の広さを誇って入るが、里の周囲には周りから隠すように高い岩山が連なっており、空を飛べない人間であれば、ここに里がある事すら気づかれないだろう。そんな岩山に囲まれた中に『ゲンロク』という人間の居る里があった。


「門や守衛のような者達の姿が見えないが、このまま中へ入っても大丈夫なのか?」


 先頭を歩いていたエイジにソフィがそう話しかけると、エイジは振りむきながら頷いて口を開いた。


「うむ。すでにこの里に居る者達や、それこそゲンロクなどは小生達が湖で結界を解除した時点で気づいている筈だ」


「成程。そういえば結界が張ってあったのだったな」


 ソフィは納得するような表情を浮かべながら、再び里の様子を確認するのだった。


「まずは『ゲンロク』の元へ向かおう。いきなり襲い掛かってくることはないだろうが、小生が仕入れた情報によると『ゲンロク』は今相当に苛立っているようだ」


「何かあったのだろうか?」


「ふっ」


「てめぇの部下のせいだろうが」


 ソフィの天然っぷりが発揮されてエイジは堪えきれずに吹き出して、その背後からはヌーが溜息を吐きながら説明をするのだった。


 ヌーの説明とケイノトの裏路地のエイジの長屋で、エイジが言っていた内容をようやく思い出すソフィだった。


「そうであったな。我の配下の『エヴィ』が転置宝玉を求めてゲンロクとやらの屋敷に乗り込んで、暴れたのだったか……?」


「『転置宝玉』はこの世界中を見渡してもたった数十個しか存在していない、所謂国宝級の代物だからな。妖魔召士の長となる者に代々伝わってきたモノを狙われたのだから、相当ゲンロクは苛立っておるだろうな」


「ふむ……。しかし結局その転置宝玉をエヴィは、手に入れる事が出来たのだろうか」


「そこまでは小生は分からぬな。直接本人から聞いてみるとしようか」


 そう言ってエイジが顔をあげると、入り口に居るソフィ達の元に、数人の者達が近づいてくるのだった。


 …………


 近づいてくる人間達は全員が、エイジと同じ赤い狩衣に袴を履いている者達であった。


 『加護の森』で出会った『退魔組衆』と呼ばれる組織の人間『ミカゲ』や『タクシン』達も似たような恰好をしていた為、ソフィはどうやらこの恰好をしている者達がどうやらこの世界で妖魔達と戦う『退魔士』達の正装なのだろうと考える事にするのだった。


「エイジ殿。勝手にこの場所に他人を入れるとは何事か?」


 赤い狩衣を着た人間達は不機嫌そうにそう言うと、後ろに居るソフィやヌー、それにテア達を睨みつけて来るのだった。


「この者達を急ぎ『ゲンロク』に会わせたくてな。だ、通らせてもらってよいな?」


 高圧的な里の人間達に対して、一歩も退くことなく入らせろと告げるエイジであった。エイジがソフィ達を認めたと告げた辺りで、里の人間達は少したじろぐように、仲間達と顔を合わせ始めた。


「悪いが俺達の一存では、里の人間以外の者を急には入れられぬ。お主と同じように余所者を里に引き入れて、盗みを働こうとされたばかりなのだ。たとえエイジ殿であっても、ゲンロク様に許可をとるまでは、ここで待ってもらおうか」


 どうやらその盗みを働こうとしたのは、エヴィの事なのだろう。そう言われてしまっては、エイジとしても強くは言えない。


「分かった。しかしここに居る者達は小生のだ。もし万が一にでも、客人達に恥をかかすような真似をするようであれば小生も考えがある。間違いなくこの事をゲンロクに伝えろ」


 ぎろりと睨みつけるエイジの迫力は恐ろしい程で、ケイノトの裏路地で『イバキ』や『スー』に見せたような圧力を目の前の里の者達に見せつけるように、睨みつけるのだった。


「うっ……! と、当然伝えさせてもらう」


「わ、分かっておる! す、少し待っていただこう!」


 彼らも相当の魔力を持っているのはソフィもすぐに気づいたが、エイジの言葉に慌てて去っていくのを見て、エイジがこの里で如何に上の立場なのかを理解し始めるのだった。

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