第887話 高ランクの妖魔の恐ろしさ
「グググッ……! い……、いクゾ!」
遂に『
「……」
スーは再び目を瞑っている。そしてゆっくりと息を吐きながら機が訪れるのを待つ。
鬼頼洞がスーに届くその間合いに入った瞬間にスーの目が見開いた。鬼頼洞の振り切られた拳は、誰が見ても当たれば、首が吹き飛ぶと思わせる程の一撃だった。しかし鬼頼洞のフック気味の横殴りをスーは頭を下げながら前進して掻い潜る。
鬼人の鬼頼洞のその一撃を受けていれば、一撃で戦闘不能だとスーの脳裏にも浮かんでいた筈だが、迷いなくその鬼頼洞の放つ重圧の中で拳を躱して見せたスーはゆっくりと下げた頭をあげて、真っすぐに前を見据える。
そこに見えるは鬼頼洞のがら空きとなった胴。相手が拳を振り切った反動で出来た隙、その僅かな時間の隙を狙い、がら空きとなった胴体に刀を突き入れようとする。
相手がランク『5』の鬼人の妖魔である以上、スーの戦力値を大きく上回っているだろう。しかしそれでもスーもまた戦力値2000億を越える
――だが、スーの思い通りに事は進まなかった。
鬼頼洞の身体に自分の刀が触れた瞬間、刀の切先が触れた所がドロドロと瞬時に溶け始めた。
「なっ……!?」
スーは自分の腕の先、相手を確実に斬った筈だった刀が、バターのようにあっさりと溶けていく姿を見て、驚きの声をあげざるを得なかった。
「スー!!」
放心状態で自分の刀を見ていたスーは、イバキの大きな声でようやく自分に迫ってきていた、返しの鬼頼洞の拳を目視する事に成功する。
「くっ……くくっ!」
もはや戦闘の役に立たなくなった刀の柄を捨てて、ボクサーのように両手を顔の前に持っていき、鬼頼洞の左ストレートをがっちりとガードしようとする。
だが、単純な殴り合いとなった以上、鬼人の『鬼頼洞』の全力で振り切った拳をただの人間が耐えられる筈が無い。鬼頼洞の左拳がスーの肩口を外側から思いきり殴り切る。
「ぐ、ぐあああっっ!!」
骨が粉砕していく音が自分の耳に真横から聞こえてくる。バキバキバキという嫌な音が情報として脳に送られた事で自分はこれ以上戦闘が出来ない状態に陥ったのだという認識が、スーに襲い掛かり目の前が真っ白になる。
そしてそのままスーの身体は風に飛ばされるかの如く、吹っ飛ばされて森の樹にぶつけられて、悲鳴にならない声をあげる。
たった一撃、それも刃物といった得物では無く、単純な鬼人の拳が振り切られただけであった。しかし、魔法の効果が一切無い状態で鬼の繰り出した拳を人間が受けた場合どうなるかを如実に現わす結果となって現実に訪れてしまった。
「スー!!」
イバキは『結界』を維持する事も忘れて、そのまま自分の相方の容態を見ようと駆けて行く。
当然『結界』を維持しなければ、
「――」
そのもう一体の妖魔、森一帯に響き渡っていた『
「あ……、ぐっ……!」
三半規管に異常をきたしたイバキは、視界がグルグルとまわりはじめて、不味いと思った頃には立っていられなくなる。
「ゲ……、ゲェッ……! ごほっ!! ごほっ!!」
顔が紫色になり、イバキは嘔吐感に襲われる。そして全身を寒気が襲い始めたイバキは、このままだと死ぬという実感を現実のものとしてなんとか地面に横たわりながらも
『ケイノト』で食べた食事の吐瀉物をまき散らしながらもイバキは、何とか結界を張り直す事に成功する。これ以上の呪詛の被害を何とか食い止める事には成功したが『本鵺』の鳴き声によって引き起こされた呪詛によって、既にイバキの身体は異常をきたしている。
血液に酸素が回らなくなって、呼吸困難に陥った状態である。本鵺の鳴き声によって、三半規管が揺らされて立つことも容易では無くなり、イバキは地面に横たわりながら震える手を何とか視界に映る先、鬼頼洞の一撃で砕かれた骨の痛みで、悲痛な声を出しているスーに向けて震える手を伸ばした。
「
腕を組んでイバキ達を観察していたイダラマがそう小さく漏らすと、イダラマ一派の護衛の剣士達が、ゆっくりとイバキ達に近づいていく。
どうやら勝敗は決したと見て、彼らは止めを刺しに行くつもりなのだろう。
…………
青髪の少年『エヴィ』は色々と戦闘中に、イダラマに妖魔の起こした事の数々を聞きたいと考えていたのだが、こうして凄惨な状態を前にその気も失せてしまった。
「惨いね、全く」
こんな妖魔が古くから身近に蔓延っていたのだとしたら、そりゃあ力の無い人間達にはどうしようもないだろうなという感想から一言そう漏らす大魔王エヴィであった。
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