第877話 伝令

 その頃イバキに伝令を頼まれた妖魔の『劉鷺りゅうさぎ』は、空を飛んで『ケイノト』の町まで辿り着いた。わざわざ門を潜る必要が無い劉鷺は『退魔組』の屯所までそのまま空を飛行していく。


 屯所の前に立っていた見張りの退魔士が、空を飛んでこちらに向かってくる『劉鷺りゅうさぎ』を察知すると、直ぐに屯所の中に居る『イツキ』に知らせた。


 見張りの言葉を受けたイツキは、直ぐに奥に居る『サテツ』に知らせて表の部屋に呼び出す。そしてそこへちょうど『劉鷺りゅうさぎ』が、屯所の中へと入って来るのだった。


 部屋の中に残っていた退魔士や、イツキやサテツも人型をとっている妖魔のランク『3』である『劉鷺りゅうさぎ』を見ても驚きはしない。


 『特別退魔士とくたいま』であるイバキの『式』だという事を当然知っているからではある。


「ご苦労だったな。それでお前だけが、この場に戻ってきた理由は?」


 そして当然この『劉鷺りゅうさぎ』が人間の言葉を理解し、喋る事も可能だという事も理解しているサテツは人間を相手にするのと同じように言葉を交わす。


「主殿からの伝言がある」


 劉鷺の言葉にサテツがイツキの方を見る。そしてイツキの方もサテツを見ており、互いに視線を交わし合うのだった。


「聞こう」


 先にイツキから視線を外したサテツは、再び劉鷺に向き直ってそう言った。


「加護の森にて、件の二人組と一人残り交戦中とされていた『特別退魔士』である人間『タクシン』の亡骸を発見した。現在の編成部隊の総戦力では太刀打ちが出来ないと判断し、主殿は『ケイノト』へ引き返す事を決断。先にこの事を貴方に伝える為に私が遣わされた」


 淡々ととんでもないことを言い出す妖魔を前にして、サテツは眉を寄せて睨みつける。この部屋に残されていた退魔士達やイツキは、時が止まったかと思える程に固まっていた。


「何だと? もう一度言ってくれねぇか?」


「だからアンタの部下のいつも偉そうにしていた『特別退魔士とくたいま』のタクシンが、にもやられ……」


 『劉鷺りゅうさぎ』が最後まで言い切る前に部屋に大きな衝撃音が鳴り響き、目の前に置かれていたテーブルが粉々に砕けた。


 『劉鷺りゅうさぎ』の皮肉たっぷりの報告に青筋を浮かべたサテツが、目の前のテーブルに思いきり拳骨を振り下ろしたのである。若い退魔士達は震えあがり、イツキも驚いた様子でサテツを見る。


 しかし鷺の妖魔、ランク『3』の『劉鷺りゅうさぎ』はサテツを見て、面倒臭そうに舌打ちをする。


「てめぇはさっきイバキの野郎が、町に戻るように指示したとか抜かしやがったな?」


「そうだな」


 『俺は! 何を勝手にイバキが決断を下してやがる!!」


 そう言ってサテツは、足元テーブルの残骸を蹴り飛ばす。


「いいか? 戻って。タクシンを殺った二人組を見つけ出すまで探し出せっ! 何か手掛かりを見つけるまでは帰って来るんじゃねぇとな!!」


「……分かった」


「ちょっと待ちやがれ」


 劉鷺はサテツに背を向けて屯所を出て行こうと歩き始めるが、そこでサテツから声を掛けられた。


「指揮官でもない、に、ミカゲの指揮に逆らって勝手に逃げ帰る指示を出したイバキの野郎には戻ったら、覚えていろと伝えておけ」


「……」


 立ち止まった劉鷺は、振りむき様にサテツを睨みつける。


「何だぁ? その目は! 誰に向かってそんな目を向けてやがるっ!! 今ここでテメェをぐちゃぐちゃにしてやろうか!」


 サテツがそう言って一歩前に出たと同時、後ろに控えていたイツキが慌ててサテツを抑えながら『劉鷺りゅうさぎ』に声を掛けた。


「お、落ち着いて下さい! サテツ様! 『劉鷺りゅうさぎ』早くイバキに伝えに戻りなさい!」


「ええ。そうさせてもらいます」


「待ちやがれ、クソ妖魔が!!」


 しがみつく様にしてサテツの腕をとっているイツキをそのまま引きずるように前に進もうとするサテツに、呆れるような視線と小馬鹿にするような嘲笑をした後、劉鷺は屯所から出て行った。


 怒鳴りながら喚き散らす声が、外にまで聞こえて来るのを尻目に、劉鷺は溜息を吐きながら上空へと飛翔するのだった。


「あんな野郎の元に、主殿を置いておくのは駄目だ」


 何かを決心するような目をしながら『劉鷺りゅうさぎ』は主人の元へと向かい空を移動するのだった。


 ……

 ……

 ……


 『劉鷺りゅうさぎ』が出て行った後、怒りが収まらないサテツは、事務所内にある椅子や、目に映った物を片っ端から蹴り飛ばしていく。その様子にイツキは溜息を吐きながら見ている事しか出来なかった。


 若い退魔士の数名は肩を抱き合うように一箇所に縮こまり、その場に一様に震えあがっていた。

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