第823話 圧のある挨拶

 『動忍鬼どうにんき』と別れた後、長い長い森の中を歩いていくソフィだったが、やがて最初にタクシン達と遭遇した場所に辿り着いた。


 その場所には先程別れたヌーと、が立っており、近くにはタクシンと呼ばれていた人間が横たわっていた。ヌーはソフィの姿を視界に入れると声を掛けてきた。


「ようやく来たか。どれだけ待たせやがる」


「すまぬな『動忍鬼どうにんき』と少し話し込んでおったのでな」


 ソフィはそう言うとヌー達の元まで歩いていき、そして地面に横たわって息をしていない人間を一瞥する。


「お主がこやつを仕留めたのだな『動忍鬼どうにんき』の奴が『式』とやらから解放されたのは、やはりこやつが死んでの事だったか」


 ソフィの言った通り『動忍鬼どうにんき』だけではなく、タクシンに『式』として契約させられた妖魔達は、その契約から解放されて全員が自由の身となっていた。今頃は現世に姿を取り戻して元の居た場所へと帰っていった事だろう。


「どうやらコイツラ人間が呼び出す鬼やら何やらは、無理矢理従わされている奴等が多いみたいだな。最初に現れた奴等も犬やら鳥やらを使役してきたし、今後もそんな奴等がうじゃうじゃ出てくる事だろう」


 この森へと『世界間移動』を行って辿り着いたときに感じた『結界』と同時に多くの人間達の魔力を感じられた。その時の事を考えれば、タクシンと同じように『式』を使役する人間達はまだまだ多く居ると言う事だろう。


「そうだな……。それにしてもだヌーよ。この世界の人間達は、侮れない力を持っておるようだぞ」


「ふん」


 ヌーはソフィの話を耳に入れると、気に入らなさそうに鼻を鳴らした。いつものように、と一蹴をして見せてこないところをみると、ヌーもソフィと同じ事を考えているのだろう。


「ところでお主の隣に先程から居る、そやつは誰だ?」


 大きな鎌を持つ桃色の髪色をしている小柄な少女。

 その姿から省みるにこの世界の人間というワケでは無いだろう。ヌーの使役した魔物か『死神』のようだとソフィは考えていた。


「こいつは死神の『テア」だ」


 特に詳しい説明もなく『死神』という事だけを説明するヌーだった。説明をされたテアはソフィをちらりと見る。その視線からも分かる程に『テア』という死神からは、他者を見下すようなが感じられた。


 ソフィはその視線を向けられた事で、少しだけ悪戯心が浮かんだようだ。


「『か」


 そう言って自分に向けられているテアの視線に対し、ソフィは薄く笑みを浮かべながら自分の視線を合わせた。


 ――我はソフィと言う。よろしく頼むぞ? 死神の『』よ。


 ソフィの目を見たテアは顔を強張らせたかと思うと、次の瞬間には慌ててソフィに対して頭を下げた。


 神々として相応しい神格を持ち、上位の死神の中では圧倒的な立場にある死神貴族の『テア』だったが、目の前のソフィという魔族はそんな彼女であっても、なのだという事を視線だけで理解させられたのだった。


「ククククッ! おいソフィ! ?」


 これは愉快だとばかりにヌーは、ソフィとテアのやり取りを見て笑いながらそう口にするのだった。


「クックック! いや、すまぬ。我の友人も死神をよく使役する魔族でな。お主は見たことが無い死神だったので挨拶をしておこうと思ったのだ」


 テアはソフィの言葉が分からなかったのだろう。慌ててヌーに通訳をさせるのだった。


「――」


(よく使う死神? 貴方様の友人も死神貴族を使役なさるのですか?)


 テアが何か喋っているが、直接契約をしているわけでもない神々の言葉は、ソフィには理解が出来ない。


 今度はテアの言葉をヌーが代わりに喋り通訳をする。


「こいつがてめぇの友人は『私と同じ死神貴族』を使役するのかと聞いていやがるぞ」


「あやつの使う死神か? 確か……『』と呼ばれておったな」


 ヌーが今度はソフィの言葉をテアに伝えると、テアは口をあんぐりと開けた後、両手を軽く上げて首を横に振った。


 それは信じられない。馬鹿げていると示した彼女のボディランゲージだった。そしてテアはヌーの目を見て真意を確かめようとする。


 だがそれ以上ヌーはこの話題に興味が無いのか、もうテアを無視をするのだった。


「さて、もういいだろう。ソフィ、てめぇが最初に吹き飛ばしたコイツはまだ生かしてある。こいつを起こした後は、さっさと『天衣無縫エヴィ』の野郎を探しに人間達の町へ向かっちまおう」


 そう言ってヌーが視線を示した先の木の陰に、タクシンと同じように地面に横たわる人間が寝かされていた。その人間は最初に、ソフィに襲い掛かっていった剣士『であった。


 ……

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