第809話 妖魔かそれとも人間か

「むっ……。こちらに近づいてくる者が居る。どうやら先程の男がこやつを取り戻しにきたようだな」


 『加護の森』と呼ばれていた場所で『ヌー』と会話を交わしていたソフィは『漏出サーチ』で、タクシンの魔力を感知するのだった。


「今度こそ叩き潰してやる」


 先程『タクシン』にいい様にやられてしまったヌーは、怒りの形相を見せながらそう口にして立ち上がった。


「いや、奴とは我がやろう。お前はそこで見ているがよい」


 ソフィがそう言うと、当然ヌーは納得行かない表情を浮かべた。しかし文句を言おうとしたヌーは、出しかけた言葉を呑まざるを得なくなった。どうやらソフィが先程の男と戦う事に、興味を抱いてしまっているようでその純粋な好奇心が宿る瞳を見て、ヌーは口出しが出来なかったのだった。


 ――下手にこの状態のソフィに逆らうと、ようである。


 大魔王ソフィという魔族は仲間を傷つけられたり、理不尽な事をされたりすると激昂し、普段の温厚な姿からは信じられない程に狂暴になる。


 ――だが、そこまではいかなくともソフィが、この期待に満ちた目をするときもまた下手に逆らう事はよくないと長年『アレルバレル』の世界でNo.2の座に就いていたヌーは、よく理解をしているようであった。それ程までに、ソフィの渇望とも呼べるのである。


「ちっ、仕方がねぇ」


 やがて自分が借りを返そうと考えていたヌーだったが、タクシンと戦うのを諦めてソフィに譲るのだった。少し前までのヌーであれば、正論を突きつけられようが、徹底的に反抗して見せる魔族だった。


 しかし『煌聖の教団こうせいきょうだん』の一件で、ソフィだけでは無くエルシスやフルーフ。それに『リラリオ』の世界で見つけた魔族『にさえ劣っているという事を理解したヌーは、我を通して反抗すればするほど惨めになるという事を悟ったのである。


 あくまで自由奔放が許されるのは誰よりも強いと、自他ともに認められた時だけなのだと、ヌーは感じ取ったようだ。それを認めるのは、自尊心の塊のようなヌーにとっては苦痛でしかなかったであろう。しかしそれを何とか認めて、こうして過去では考えられなかったソフィと行動をするのさえ、許している彼が居るのである。


 彼もまた、少しずつをしているようであった。


「どうやら来たようだぞ」


 東の空から何やら鳥の足に捕まりながら、空を飛んでこちらに向かってくる狐面をつけた男を見上げながらヌーはそう口にするのだった。


 『加護の森』の中で先程ソフィの放った『天雷一閃ルフト・ブリッツ』によって出来た、ひらけた場所に降り立った『タクシン』は、鳥の『式』を札へと戻した後に辺りを見渡し始める。


 やがてこちらに向かって歩いてくる二人の男を確認すると、先程『タシギ』をあっさりと倒して見せた青年に目が留まる。


 今は黒い羽を生やしては居ないが既にタクシンは、ソフィの魔力と顔を覚えている為に見紛うという事は無い。


「同志からお前達の事はある程度は聞いているが、言葉が通じる者として今改めてお前達に聞く」


 タクシンがそう言うとソフィは、首を少し傾けながらという風に手を前に出してタクシンの続きの言の葉を促す。


「ここ最近では見た事の無い程の力を持つお主達。? それとも同志達の言う通りになのか?」


「我達はお主達の言う『妖魔』というモノでは無い」


 ソフィの言葉を完全に信じた訳では無いが、それでも妖魔では無いと聞かされたタクシンは、ソフィ達が人間だという可能性が見出され少しだけ安堵の表情を見せる。


 しかしその次のソフィの言葉で再び、となった。


「だが『。我らは別世界から来た純粋な『』だからだ」


 ……

 ……

 ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る