第805話 衝撃

 ソフィは目の前で戦意を失っている、脂汗を浮かべている人間を見ながら口を開いた。


「……まず最初に言っておきたい事だが、この森に居たのは我達がから跳んだ場所がここだったからだ。別にお主やお主達の国を襲う為にこの森に居たのではない」


「な、なんだ……? い、一体何を言っている?」


 どうやら目の前の人間は『概念跳躍アルム・ノーティア』といった『世界間移動』の存在を知らないのだろう。それだというのに、荒唐無稽な事を唐突に言われて信じろという方が難しいのは仕方が無い。それだけでは無く今のミカゲは『擬鵺ぎぬえ』がやられた事の方がショックが大きかったのだろう。どうやら彼の使役していた妖魔は彼にとって、強さに信頼を置いていたようである。


 そんな今の彼はまともにソフィの言葉を理解出来てはおらず、これでは話にならないとソフィは感じ始めるのだった。


「ソフィ、さっさとコイツを操ってこいつらの国へ案内させろ。何もコイツから『天衣無縫てんいむほう』の事を聞き出さなくてもいいだろう?」


 どうやらショックを受けて使い物にならなくなっている人間を見て、ヌーも拉致があかないと感じたのだろう。ソフィにそう告げるのだった。


「まぁ、仕方が無いな……。そうするとするか」


 溜息を吐きながらソフィが『金色の目ゴールド・アイ』を使おうと、目を金色に変え始めた。そしてソフィがミカゲに魔瞳の『金色の目ゴールド・アイ』を使い、彼らの町へと案内させようとした瞬間だった。


 リィーンという鈴の音がソフィ達の耳に届いた頃、ソフィの右手が唐突に吹き飛んだ。


「やれやれ……『上位退魔士じょうたいま』の『ミカゲ』をここまで疲弊させる妖魔が、こんな町の近くに居たとはな」


 その言葉が聞こえたと同時、大魔王ヌーは何も言わずに無詠唱で、魔法をぶっ放した。


 ――神域魔法、『普遍破壊メギストゥス・デストラクション』。


 一瞬で金色を纏ったヌーの放った神域魔法は、レーザーのように直線上に突き進んで森の木々を吹き飛ばしていった。


 臨戦態勢に入ったヌーだったが、自分の魔法が敵を仕留められていない事に気づき、すぐに『漏出サーチ』で周りを探知し始める。


「オイッ! いつまで呆けてやが……っ!?」


 手を跳ばされた張本人であるソフィが、いつまでたっても動こうとしない事に苛立ちを隠し切れなかったヌーだが、怒鳴っている最中にソフィの顔をその目で見た事でその口が止まる。


 口角を吊り上げながら異常者のような笑みを浮かべ、目を『金色きんいろ』にしながらソフィは、バチバチと自身の周囲に『魔力』を迸続けていたのであった。


 だがそこで、ひゅっと何か音が聞こえたかと思うと、ソフィの第一形態となっている身体の背から刀が貫通し、ソフィの腹部から剣士の刀のものであろう切先が見えていた。そしてソフィは、そのまま前のめりに地面に落ちるのだった。


「は? 何の冗談だ……」


 ソフィの正面に居たヌーは、両目を青色の布で覆い隠した剣士によってソフィが背中から刀を突き入れられて血を流し、そのまま倒れるところを見てしまった。


 一秒に満たぬ程の時間だったが、余りの衝撃に呆けてしまっていたヌーは、慌てて『高速転移』で、森の上空を飛翔してその場から離れた。


「クソ野郎がっ! 油断しやがって……!」


 先程『ミカゲ』が放心して信じられない物を見ているような顔をしていたが、今のヌーはそんなミカゲの状態など可愛く見える程に、混乱を起こして信じられないとばかりに慌てふためくのだった


「ほう、空も飛べるか。どうやら見た事の無いタイプの妖魔のようだ」


 先程の剣士とは違い『ミカゲ』と同じ狐の面をつけた人間が、空を飛んだヌーの背後にぴたりとつけていた。


「ちぃっ……!」


 その声に慌てて振り返りながら右足で攻撃をする。しかし声の主は、既に背後には居なかった。


「どこへいきやがったぁ!?」


 空の上から地を見下ろすヌー。しかしどこにもその姿を探せなかった。


「ちっ、しまった。魔力感知を……っ!」


 混乱で頭が動転しているヌーは、戦闘の基本行動さえとれなかった。そんなヌーの更に上空から、ヌーの背中に蹴りを振り落とされる。


「ぐっ……っ!」


 突然の狐面の攻撃に驚きヌーは受け身すらとれずに森へと蹴り落される。ヌーはフラフラとなりながら体を起こし空を見上げるが、そこにはもう誰も居なかった。


「やれやれ『ミカゲ』殿から緊急の知らせだというから来てみたが、所詮はこの程度でしたか……」


「まぁそう言うな『擬鵺ぎぬえ』程の『式』を破る妖魔達だったのだ。ミカゲが慌てるのも無理はない」


 両目を布で覆った方の女の剣士にそう告げたのは、今上空でヌーを地面に落とした狐面をつけた男だった。その男はミカゲのように狩衣を着た僧侶のような恰好をしていた。


「まぁそうですね。さて、そっちの方も殺してしまって構いませんか?」


「ふーむ。生かして連れて帰っても何も話そうとはしなさそうだ。別に殺ってしまっても構わんぞ?」


「では、さっさと終わらせて戻るとしましょう」


 そう言って意識が朦朧としているヌーにトドメを刺そうと女の剣士は、ゆっくりと歩き始めたその時だった。


 先程、背中から刀を突き入れられて倒れていた筈のソフィの周囲を青い光が包み込む。


 ――神聖魔法、『救済ヒルフェ』。


 貫通して穴が開いていたソフィの身体の傷痕が塞がっていく。ソフィはゆっくりと目を覚ました後に身体を起こしてそのまま立ち上がった。


「再生? 死んでいたわけでは無かったのか……」


 狐の仮面を被った男の方がそう呟き、そしてヌーの元へと向かっていた女の剣士の方もソフィが蘇ったのを察知し、ソフィの方に視線を向けるのだった。


「素晴らしい! これは本当に楽しめそうだな……!」

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