第792話 期待に応える事の出来る喜び

 試合が決する前にラルフがとった行動は至極簡単な事だった。

 朱火の左手指を潰した事後に、顎を狙うフリを見せながら行動選択を決定付けさせて、足を防御に使わせた。


 四肢の内、左手と右足を固定させた事で朱火の攻撃行動を阻止したラルフは、そこからようやく攻撃に全ての意識を向けた。


 朱火の反撃が無い状態に持っていたラルフはまず、人差し指を折った後の朱火の左手首を右手で掴みあげながら手前に引き、首の後ろをみえるように動かした後に、意識を失わせるために頸椎を思いきり左肘で突き入れながら右膝で朱火の鳩尾を思いきり蹴り上げた。


 まだ意識を保っているかもしれないと、ラルフは手を止める事は無く、顔を空に向けてがら空きとなった顎に、再びで思いきりぶちかました。


 最後にラルフは虚ろな目を浮かべている朱火のその目に指を突き入れて眼球を潰す事で、更に有利に持っていこうかと頭を過ったが、朱火の意識が完全に無い事を確認した為、そのまま何もせずに地面に倒れる事を許したのだった。


 結局朱火は戦闘が始まってからラルフに対して何もできず、完封という形で勝利を収めたラルフは、ソフィ達を驚かせるのだった。


 戦闘経験を含めた戦力値上では朱火の方がラルフより高かったが、相手を壊して戦闘不能にするという事も『』に加えるとするならば、ラルフの方が朱火の方が、戦闘面で一枚上手だったという事だろう。


 朱火の治療が終わった後、サイヨウは朱火を札に戻そうとしたが、朱火は待って欲しいと両手をサイヨウに向けながら立ち上がり、ゆっくりとした足取りで自分の意識を奪って勝利した男の元へ向かった。


 自分の目の前で足を止めて狐の妖魔は無言でラルフを見る。怒っている様子でも無く、確固たる決意を持ったような視線でラルフを見ている。その様子にラルフは、視線を合わせながら首を少し傾げて『何か御用ですか?』と声なき声で朱火に尋ねる。


「お前の強さに感服した。私は妖狐『朱火あけび』と言う。お前の名前も教えてくれ」


「私は『ラルフ・アンデルセン』と言います」


 ラルフは真っすぐに自分を見てくる朱火を見返していたが、やがて自分の名を告げた。


「……ラルフ。そうか、ラルフか。名を教えてくれて感謝する」


 そう言ってラルフの前に手を出してくる。数秒程その手を見つめていたが、やがてラルフも手を前に出すと、朱火は差し出されたラルフの手を握り、ぎゅっと掴む。


「私はお前を気に入った。またやろう」


「気に入られる要素が何処にあったのかは分かりませんが、貴方と戦う事はとてもいい経験になります。こちらこそ宜しくお願いします」


 そう言い返したラルフの言葉に満足したのか、朱火は満面の笑みを浮かべた後、ラルフの手を離した。


「うむ、次は私が勝たせてもらう! ではまたな、ラルフ」


 そう言って朱火はラルフに手を上げて挨拶をした後に、サイヨウの元まで歩いていき、式神の札へと戻されていった。


「クックック、素晴らしかったぞラルフよ」


 ラルフが振り返るとそこには主であるソフィが立っていて、嬉しそうな笑みを見せながら拍手をしているのだった。


「お主をエルザと戦わせた頃とは、比べ物にならない成長を遂げたな。やはり我が見込んだ通りの人間だった」


「ありがとうございます! 更なる研鑽を積み、貴方のお傍に居られるように、これからも修行に励ませていただきます」


 その言葉に再び満足そうに笑い頷くソフィだった。


 主であるソフィに褒められた事が余程嬉しかったのだろう。いつもより饒舌に話すラルフであった。


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』の魔族達は、とても強く今の力量ではとても相手にはならず、ラルフは自身の身を案じられて『アレルバレル』の世界から『リラリオ』の世界へと送り返された時、配下としてとても悔しい思いをしていた。


 リディアの言うにはまだとても敵わないが、それでも力の使い方を教えてくれているユファや、サイヨウの『式神』達との実戦で、ようやく自分が強くなれている事が実感出来た。


 、リディアの言葉を信じて腐らずやってきてよかったと、心の底から思うラルフであった。


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