ミューテリアの願い編

第744話 過去に思いを耽るソフィ

 新たに魔王軍に加入したステア達の歓迎の宴は遅くまで続き、ようやく一段落ついた頃にソフィはその場をイリーガル達に任せて城の外に出るのだった。


 魔王城の外にも結界は張られているが城の中とは違い、その結界の感覚が薄れるのを感じた。現在この魔界の中央大陸には、幾重にも結界が張り巡らされている。


 本来、この魔王城に攻め込む事は相当に至難を極める。

 勇者マリスがこの城に容易に攻め込めたのは『煌聖の教団こうせいきょうだん』の者達の全面的なフォローがあったからである。


 九大魔王達がこの魔王城から離れているタイミングを狙い、中心となる存在たちが少数で動いているところを執拗に『煌聖の教団こうせいきょうだん』の幹部達が着け狙い、一体ずつ確実に狙って別世界へ跳ばしていったのである。


 真っ先に狙われたのが『人間界』で宰相として、王国に入り込んでいるディアトロスだった。直接総帥ミラが、最高幹部達を連れて彼を襲い『聖動捕縛セイント・キャプティビティ』の効力がある牢に幽閉させた。


 ディアトロスが牢に収容された事で中央大陸に張られている、彼の結界も効力が途切れてしまい、中央大陸の結界の守りが大きく削ぎ落された事で魔王城への侵入を許してしまったのである。


 …………


 外に出て当時の事を考えていたソフィだったが、そこへ小さな精霊達数体が周囲を照らしながらソフィの近くへと寄って来る。


「……む?」


 小さな精霊達は背中の羽をぱたぱたと動かしながら、ソフィの周りを飛び回ったかと思うと、ミューテリアの居る精霊族の森へとソフィを導こうとする。


「我を樹の元へ導こうというのか、まぁ少しであれば構わぬか」


 ソフィはそう呟くと先導する小さな精霊達の後ろをついて、森へと入っていくのだった。

 魔王城のある中央大陸には、現在精霊達の住処ともなっている大きな樹がある。

 ソフィが再びこの世界に戻ってきたとき、この中央大陸に枯れ果てていた大きな樹があり、それを精霊女王ミューテリアが力を与えて復活させたのである。


 それ以降、この大きな樹を中心に精霊達は再び集まって『生』を得る事が出来るようになった。

 過去のアレルバレルの世界では、今とは比べ物にならない程の精霊族が居たのだが、大魔王『ダルダオス』の襲撃によって、その数は大きく減らされる事となった。


 三千年前の『』を引き起こした『ロンダギルア』も大きな野望を持っている魔族ではあった。


 だが、それよりさらに数万年前にこの世界を恐怖に陥れた大魔王ダルダオスは、そんなロンダギルアとは比較にもならなかった。


 ――数万年前の『アレルバレル』の世界。


 それは大魔王ロンダギルアが暗躍していた時代とは比較にもならない程に、この世界の魔族は力を持っていた。そんな、それが『』だった。


 ――まだイリーガルやブラスト。それに大魔王ヌーなどが生まれる前の話である。


 大魔王『ダルダオス』の存在を分かりやすく紹介するならばである。


 この世界を支配する目的は、全てを我が物にする為。


 逆らう種族は全て滅ぼし、言いなりになる存在だけを奴隷として生き残らせる。

 そしていずれはこの世界に生きる仲間達である魔族でさえ、全てを自分の配下にして従わせる。


 ――大魔王ダルダオスは、本気でこれを実行した魔族である。


(※当時の平均戦力値の高いアレルバレルの世界。全ての種族を敵にしたダルダオスに比べれば、時が経ち弱体化し始めた魔界で戦争を起こしたロンダギルアはまだスケールが小さいといえる)。


 そして何よりも厄介だった事は、大魔王ダルダオスがそれ相応の強さを持っていた事に起因する。

 数万年前で既に戦力値は現在の九大魔王達を上回る数値であり、その当時にはエルシスのような大賢者も居らず、神聖魔法といった魔族に特効する魔法もなかった。


 真っ先に龍族と魔人族が狙われて、この世界で数を大きく減らす事となった。

 どうやらこの二種族の秘められた力を『ダルダオス』は肌で感じ取ったのだろう。


 その行動は世界を獲るという目的の為には正しかった。

 龍族には『龍化』と『緑のオーラ』という力があり『が誕生すれば、ダルダオス達にとっては、とても脅威になり得る可能性があった。


 そして魔人族は体も大きく腕力だけが脅威だと思われがちだが、実は『スクアード』といった魔人族特有の力を増幅させるオーラや、魔族でいうところの『金色の目ゴールド・アイ』と同じような『魔瞳まどう』である『支配の目ドミネーション・アイ』という秘められた力が存在するのである。


 魔族の『金色の体現者』と同じように『支配の目ドミネーション・アイ』もまた、先天性の素質がなければ開花する事は無いが、年月をかければかける程に体現する素質のある『魔人』が生まれ出る可能性は増加する。


 ダルダオスはこの二種族を滅ぼした後に次は人間族に手を出し始めようとしたが、そこで遂に若き時代の魔族である『ソフィ』が立ち塞がった。


 彼は昔から人間に対して友好的な感情を持っていた為、その人間を根絶やしにしようと企んだダルダオスに待ったをかけたのである。


 しかしこの時はまだソフィも本気でダルダオスを倒そうとは考えてはいなかった為、ダルダオスに対して『人間に手を出すな』と警告を出すに留めた。


 ダルダオスも脳筋の馬鹿では無く、相手の力量を測る頭は持ち得ていたようで、ソフィの言い分に不満を持ちつつもソフィの言葉通りに、


(※まだまだ子供である筈のソフィが見せた力は『金色のオーラ』のみであったが、ダルダオスは『ソフィ』がまだ全力ではないと瞬時に見抜き、そして人間でいえば10歳くらいの年の魔族のソフィであるにも拘らず、今戦えば被害は計り知れないと、判断させて引かせて見せたのであった)。


 ダルダオスはソフィという存在を頭の片隅に記憶をしながらも、世界に対する戦争を取りやめずにその後も行動は続けられた。


 人間達への襲撃を取りやめたダルダオスは、次に精霊族の大半を滅ぼし、当時の精霊王もダルダオスに葬られてしまい、精霊族の生き残りはごく少数となってしまった。


 もはや精霊族に逆らう意思は無くなり、ダルダオスに従属する事となった。

 これによってダルダオスは『といっていい。


 そしてこの大きな世界の広大な土地をダルダオスは、配下の魔族達に分配したのである。


 ――しかし結果的にこのダルダオスの気まぐれが、彼を滅ぼすキッカケとなってしまった。


 配下の魔族達は歓喜し『我こそが西側の大陸の王なる』。『では我こそは東の大陸だ』といった様子で彼らは鼻息荒く主張をはじめる。


 その様子を興だとばかりに高みから見下ろして笑みを浮かべるダルダオスだったが、配下の者達は予想以上に暴れまわり、ダルダオスの配下達である魔族同士で争い始める。


 結局魔族達は他種族と争っていた時よりも同胞である筈の魔族同士での戦争の方が、凄惨を極める事となるのであった。


 最初は単なる領土争いだった筈が、いつの間にか血で血を洗うような報復合戦となり、次々と戦場は広がっていく。いつの間にか支配者の座に就いていた筈のダルダオスでさえ、収集をつけられなくなる程となったのである。


 それ程までに一体一体の魔族は、数万年後のアレルバレルの世界とは比較にならない程に、高い戦力値を持っていたのである。そしてダルダオスの配下同士の争いは、いつの間にか彼らの王である『ダルダオス』にさえ牙を向き始める。


 ――もはや当時のアレルバレルの世界は地獄であった。


 この時からアレルバレルの世界の魔族達の大陸は『』と呼ばれるようになった。


 『精霊族』『魔人族』『龍族』といった彼ら独自の領土も全てが魔族の手に渡っている為、アレルバレルの世界の『人間界』を除いた全ての広大な大陸で戦争は行われている。


 元々はこの争いに参加している者は、ダルダオスの配下だったのである。

 しかしこの戦争が始まってからは魔族同士で徒党を組み始める者、個人で戦う者といった具合に、ダルダオスに反旗を翻して好き勝手に魔族同士で暴れ始めていく。


 膨大な数に膨れ上がった魔族達は、それぞれが1500億を越える戦力値を持つ。

 数十体、数百体程度であれば『ダルダオス』でも収拾をつけられただろうが、流石にダルダオスとその取り巻きだけではもう手が付けられくなってしまった。


 アレルバレルの世界の魔族達が別の種族から奪い取った多くの領土。

 その至る所で魔族同士の殺し合いが長い年月行われていたが、唐突にその不毛な戦争が終わりを告げる事となった。


 ――このままでは魔族自体が自分達の手によって滅びてしまうかもしれないと懸念を抱き、行動を起こそうとする者が現れたからである。


 ――それこそが、魔族『ソフィ』であった。


 この時のソフィはまだ今の『エルザ』と同じくらいの年齢であり、人間でいえば10代に差し掛かろうかという程の少年である。


 しかし正直に言ってこの時のソフィを知る者であれば、今のソフィは如何に丸くなったかと――。


 ――いや成長して大人になったのかと思う事だろう。


 何故ならこの時のソフィはまだ、をよく理解していなかった為、この頃のアレルバレルの世界の魔族とでさえ比較しても桁が違うというのにも拘らず、にあたってしまったのであった。


 ……

 ……

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