第665話 最強の壁 イリーガル

 僅かな時間とはいえ『リザート』は、この鬼神の所業に目を奪われて止まってしまっていた。

 ようやくリザートは我に返ったかと思うと、すぐに次の指示を出し始めた。


「お、お前達! この化け物を無視して、この先に居る者達を追いかけろ!」


 リザートはもうイリーガルを相手にしていてもどうしようもないとようやく気付き、自分達より弱い筈であるステアとその中立だった者達を襲うように指示を出すのであった。


 リザートの指示に従って次々とまだまだ数万の教団の魔族達はステア達に向けて駆け出す。しかし追っていこうとしていた数十体の魔族達の首が、再び胴体から分断された。


 いつの間にか遠くに引き寄せられていたイリーガルが、リザート達の前に立ち塞がっていたのである。


「なっ……! え……っ!?」


 イリーガルは戦いの中だというのに冷静にリザートの指示を耳で聞き、そしてそのリザートの策を妨害する為に『高速転移』で再び壁となって現れた。


 上下左右に『イリーガル』を通り過ぎようと全速力で移動している魔族達なのに、その全ての者達の首が等しく千切れていく。


 冗談でも何でも無く『イリーガル』が立ち塞がるだけで道が閉ざされるのである。

 空の何処を通っていこうとしていても気がつけば『イリーガル』に首を吹き飛ばされる。


 息一つ乱さずに敵を屠り、尚もイリーガルは眼光鋭く、リザートの一挙手一投足を観察している。徐々にリザートは指揮官として諦観の念を抱き始めた。


(わ、私ではどう指示を出して良いのか分からない……。ど、どうすればよいのだ?)


 決してリザートの能力が、低いワケでは無い。

 但し彼がミスを犯したとすればそれは『イリーガル』の行動範囲を見誤り、過小評価しすぎていたことであろう。


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』の幹部の中で最強格であったハワード。

 世界を束ねる程の力を有して総帥である大賢者ミラに、ある程度の勝手を許されていた大魔王。

 そのハワードが全力で相手をして尚、イリーガルは引けをとる事無く渡り合っていた。

 教団の幹部最強であったハワードの戦力値は1500億を越えていた。


 アレルバレルの世界の魔族にして大魔王中位領域である彼らであっても、同じく戦力値1500億を越える、イリーガルを相手にする以上、もっと綿密な作戦を練らなければならなかった。


 数の上で圧倒的な、をとっているというだけで、常識の通じない『九大魔王』を推し量る事は出来ないのである。


(……このまま戦っていても、奴の消耗を期待する事は出来ない)


 たった一体の九大魔王に対し、物量作戦以外の方法をとらざるを得なくなった。

 ようやく指揮官らしい素振りを見せ始めたかと思うと、リザートは犠牲を承知の上で一つの作戦の決行を選んだ。


 それは所謂使い古された作戦ではあるが、敵にとっては分かっていても止めずらい、正に人数を利用した、現状のおあつらえ向きといった作戦『特攻』である。


 それも目の前に居る『イリーガル』を倒す為の特攻ではない。リザートは覚悟を決めてやる事を一つに絞ったのであった。


 その覚悟とは生きて帰る事を考えずに総帥ミラの為、中立であった者達がソフィの配下に加わる事を阻止する為に奴らを一体でも多く消す事である。


(お前達! いいか? 全員だ……。全員であの化け物を無視して中立だった者達の元へ向かう。そして奴らの姿が見えたら遠慮せずに全力で魔法を放ち続けろ! 私も玉砕覚悟で後先考えずに放つ、分かったか?)


(御意。奴らに我々教団の信念を思い知らせましょう)


 リザートの『念話テレパシー』は、この場に居る全ての『煌聖の教団こうせいきょうだん』の本隊達に伝わった。そして返ってきた返事もまたリザートの求める言葉であった。


 彼らはこれから戻る事を考えずに『万歳アタック』で敵を一体でも多く消す為に、行動を開始するつもりである。


 ――全ては彼らの崇拝する神である『ミラ』の為に。


 ……

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