第650話 恋焦がれる青年

 エイネはエアル王の居る城から近くに立てられている軍の基地の一つに出向き、そこで捕えられている魔族達を解放する。そしてそこでエイネは、一体の魔族に着目するのだった。


 視線の先に居る魔族は、エイネの視線に気づいたかと思うと近づいてくる。


「あ、ありがとうございます! 貴方のお陰で我々魔族は……」


 その先を話そうとする魔族の唇にエイネは人差し指を置く。


「行動を起こしたのは貴方。そしてこれからどうなるかは貴方たち次第、私はきっかけを作っただけよ」


 そう言ってエイネはミデェールにウインクを送るのだった。若い青年の魔族はそのエイネの仕草に顔を真っ赤にする。


「それじゃ貴方も龍族の大陸に向かう準備をしておきなさいね」


 そういってエイネは最後にミデェールに微笑みかけた後、立ち去っていくのだった。

 ミデェールの視線は去っていくそのエイネの後ろ姿を捉えたまま、見えなくなるその時まで、決して外す事はなかった。


 ……

 ……

 ……


 龍族達の大陸にある一国『イルベキア』の王城で会議が行われていた。

 その会議を開いた中心人物というべき龍族の名は『ヴァルーザ』であった。

 ヴァルーザはイルベキアに戻り、直ぐに会議の準備に取り掛かり、国の主だった者達を集めた。


 しかしこの会議に参加している多くは『ヴァルーザ』龍王と共にスベイキアで起こった惨劇を確認している者達である。会議は始まったが、皆一様に今日起こった事件の記憶を遡りながら思考に耽る事が多くなってしまうのだった。


「皆知っての通りだと思うが、スベイキア大国の『イーサ』龍王が亡くなった」


「……」


「……」


「……」


 ようやく喋り始めたヴァルーザ龍王だったが、内容が内容なだけに再び場は無言に包まれた。

 ヴァルーザは大きく溜息を吐き、視線を右から左へと移しながら会議に参加している者達の顔を見る。

 普段は会議ともなれば、足並みを揃えない同盟国である『ハイウルキア』国に対する内容で文句の一つでも出るものだったが、まさか大陸全土を支配する全龍族を束ねる『イーサ』龍王がたった一日にして殺されてしまうとは誰も思わなかった。


 それも殺った本人は、この世界の魔人達に隷属する種族である魔族なのである。

 この場に居る者達は皆同じ疑問を脳内に浮かべて考える。


 ――『どうやってこの形容し難い内容について、話が出来るものだろうか』。


 確かに無理に話そうと思えば、いくらでも話は出来るだろう。

 全面戦争中である魔人達の対応に『スベイキア』の現状と今後の課題。

 更にいえばこの問題を生じさせた魔族『エイネ』について。


 しかしその全ての問題は、この場で彼らが話し合って決めたとしても結果は変わらないだろう。


 ――何故なら魔人達との戦争もスベイキアやイルベキアの今後。そしてその全てが魔族、エイネの判断次第で決まるからである。


 無言が続く会議の中でようやく、ヴァルーザ龍王の横に居る側近『ベルモント』が口を開いた。


「ヴァルーザ龍王はあの魔族のエイネという女性が告げた通り、イーサ龍王の後を継ぐつもりなのか?」


 それは龍族の大陸全土の支配者になるのかという、今はとても難しく答えにくい事を聞かれたヴァルーザであった。


 あっさりとなるつもりだと答えると『魔族の言いなりになるのか』という新たな問題が生じる可能性があり、保留または、ならないと答えるならば『ハイウルキア』の『ガウル』龍王が、大陸支配者になる可能性が出てくる。そうなれば更に問題は、ややこしくなってしまうのである。


 ハイウルキア国とは同盟関係にあるが、それは一番上にイーサ龍王が居たからこそ、形だけとはいっても同盟国として成り立っていたのである。元々ヴァルーザ龍王とガウル龍王は昔から仲が悪く、片方が言った発言に対して反対意見を述べる正に反目の間柄だったのである。


 互いの国王同士がそんな関係であれば、当然それは国同士にも軋轢が生まれてくる。

 表立っては同盟国の為、目立った問題も表面上には浮彫になる事はなかったが、影では互いに互いの国を貶める者達が暗躍したり、決して同盟国とは言えないような事も実際には起きていた。


 もしヴァルーザ龍王がイーサ龍王の後を引き継ぎ支配者となることになれば、ガウル龍王は絶対に認める事はないだろう。下手をすれば、国を挙げてのクーデターを起こして、龍族同士で戦争が起きる可能性がある。そんな事になって万が一にも現在の戦争中である『魔人族』が『ハイウルキア』側についたりでもしたらそれこそ目も当てられない。


 色々な未来が予想できる今、ヴァルーザは先程のベルモントの問いに対して簡単に口に出して決める事は決して出来なかった。

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