第615話 利用価値のある存在

「いやはや、これは驚いたな」


 ミラはイザベラ城に戻り『死神貴族』と戦っていたであろうヌーを連れて『アレルバレル』の世界へ戻ろうとしていたが、そこで倒れているヌーを発見して近づき声をあげた。


 イザベラ城に戻ってくる前からヌーの魔力が弱まっていくのを感じていたミラだったが、まさかここまで弱りきって死にかけているとは思わなかった。


 このまま放っておけばモノの僅かな時間でヌーは息絶えて『代替身体だいたいしんたい』へと魂が向かうところだろう。


 ミラは目を閉じて倒れているヌーの顔を見ながら思案をする。ミラにとってヌーは『』ではない。互いに利害が一致して、同盟を結んでいるだけの間柄である。


 長きに渡って同盟を結んだ事でわかった事があるが、ヌーという大魔王は見た目や普段の言動からは想像が出来ない程に、であった。


 ミラが『アレルバレル』の世界に居た頃、ずっと疑問に思っていたことがあった。これまでにヌーのように『アレルバレル』の世界の征服を考えた魔族は多く居た。


 大魔王ソフィよりも前に魔族や魔物を束ねてあらゆる種族に戦争を仕掛けて、世界を征服しようと企んだ『魔族』の代表であった『』。

 大魔王ソフィが戦争を止めた後の『アレルバレル』の世界で、数千年という長き時代を経て再び支配者になろうとした魔族『』。


 いつの世も大魔王ソフィという存在によって、世界征服を狙う魔王達は分け隔てなく消されていった。大魔王ヌーもまた数千年前に『アレルバレル』の世界を支配しようと活動を広げて各地で戦争を起こして、あの世界でNo.2という立場にまで昇りつめて見せた。


 あの大魔王ソフィは世界征服を目論む者は、全てその手で葬ってきたにも拘らず大魔王『ダルダオス』や、大魔王『ロンダギルア』の時とは違い『ヌー』だけはこうしてソフィに生存を許されていた。


「あの化け物は『ヌー』に何か?」


 ミラは今このヌーを見殺しにすることは簡単だが、あの大魔王ソフィがヌーと言う魔族を悪事を働き世界征服を目論みながらも生かす事を選んだのには、このに、何かを期待しているからかもしれない。


 今のミラにはその正体までは分からないが、折角その利用価値のあるヌーと同盟関係を結んでいるのである。ここで助けておいて恩を売っておくのも悪くは無いのかもしれない。


「そうだな。今は利用価値のある奴は一人でも多い方がいい。それにこいつの周囲に居る『死神』共はどうやらこいつに危害を加えようとしているのではなく、何やら守るようにしているところをみると、あの。ここでコイツにトドメを刺すと更に『死神』まで敵に回す事になりそうだ……。ククッ!」


 ミラは倒れて死にかかっているヌーに手を翳すと、周囲に居た『死神』達が一斉にミラの前に立ちはだかる――。


「邪魔だ。別に私はコイツに危害を加えようとしているわけではない。それどころか助けようとしているのだ。さっさとそこをどけ。お前ら程度の『神格』持ちの『死神』など、二度と現世にも幽世にも姿を見せなくする事も出来るのだぞ?」


 ミラが薄い笑みを浮かべながらそう告げると『死神』達は真意を確かめるように大賢者ミラに視線を送り続けていたが、どうやら言葉は通じてはいないようだが、本当にヌーに危害を加える様子はないと判断したのだろう。複数居た『死神』達は全員が道を開けるのだった。


「それでいい。コイツの面倒は後は私が見るから、お前らはもう戻れ」


 ミラは言葉が通じているのか分からない『死神』達に、さっさと消えろとばかりに手をヒラヒラと振ると『死神』達は互いの顔を見合わせた後に、その場から少し距離をとってまだミラのやる様子を見ているようであった。


 ――神聖魔法、『救済ヒルフェ』。


 ミラの魔法によって青い光に包まれていくヌーは、少しずつ生気を取り戻していく。どうやら失われかけた命は安定期に突入したようだった。


「お前にはまだまだ働いてもらうぞ」


 まだ意識が戻っていないヌーに向けて、ミラはそう告げるのだった。


 『死神』達は生気を宿し始めたヌーを見て、どうやらもう意識を戻す寸前だと判断したようで、テアの命令通りに意識が戻る寸前になって、全員幽世へと戻るのであった。


 ……

 ……

 ……


 中央大陸の魔王城付近の森で精霊達に囲まれていたソフィは、精霊女王ミューテリアに話があると言われて復活した世界樹の前に移動した。


「ソフィ。残された妾たち精霊族は魔族にではなく、貴方に従いついていくと決めている。そしてこれからもその信念は変わらないでしょう」


 ミューテリアは何か思いつめた表情を浮かべながらそう話を切りだす。


「どうした? 戦争が本格化したとて我はお主らを全力で守るつもりだぞ?」


 ソフィはミューテリアが自分達の種を想い、自分を呼んだのかと思ってそう告げたが、ミューテリアは首を横に振った。


「それはもちろんありがたいのだけど、違うのよソフィ」


 ソフィはミューテリアの続きの言葉を待つ。


「妾たち精霊族は本来、魔族や魔物では無く人間を愛して人間の戦士である『勇者』に、力を貸す存在なのは知っているでしょう?」


「ああ。今回の勇者であったマリスは、お主らの寵愛を受けただけあって、今までの勇者たちより骨があったぞ?」


「妾たち精霊の性質というモノを理解し、お主の保護下に置かれて尚、人間達に力を貸す妾たちを、許してくれているソフィには感謝している」


「そんなことを気にすることはない。お主も知っておるように我は『』を求めておった。お主たちが勇者たちに力を貸す事は、我も望んでいることなのだからな?」


 魔族であるソフィ達に守られながらにして人間達が勇者という存在を立てるたびに、ミューテリアや精霊達は、加護を人間達に施したのである。


 そして何も知らない人間達は、この世界を牛耳る悪者として『魔族』や『魔物』を討伐しようとする。本当はこの『を願っているのは、その魔族であるソフィだというのにである。


 そのたびに精霊達は世界の安寧を願うソフィを討伐しようとする『人間』や『勇者』達に力を貸している。自分達を守ってくれている魔族を滅ぼそうとする人間達にである。


 今まではソフィもそれを願っていたからこそ、ミューテリアは従ってきた。

 しかしミューテリアは、心の中ではこの現状に苦しんでいた。


 何故、自分たちや世界を守ってくれようとしている魔族ソフィを倒そうとする人間達に手を貸さなくてはいけないのだと――。


 ミューテリアはずっと心の中で、ソフィに対する感情を押しとどめてきたが、先程ソフィと我が子とも言える精霊達が、触れ合っているのを見て我慢が出来なくなってしまったのであった。


「ソフィ! もう妾は耐えられぬのだ。今回の組織との戦争が終わった後でよい。妾たち精霊族は、大魔王ソフィの配下に下っているのだとさせてもらえないだろうか」


「ミューテリア……」


 ソフィは涙を流して本音を漏らす『精霊女王ミューテリア』の瞳を見て、少しばかり苦しそうな表情を浮かべながらを呼ぶのであった。


 ……

 ……

 ……

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