第604話 一つの違和感

 イザベラ城にある地下三階の小部屋でフルーフは身を隠している。

 現在居る場所から直ぐのところに、地下二階へ上がる階段があるのだが、ちょうどその地下二階の階段をミラとヌーが降りてこようとしているところであった。


 彼らはフルーフがまだ地下牢に居ると信じて疑っていない為、このまま大人しくフルーフが、小部屋に身を隠し続けていれば、そのまま気づかずに下へ降りて行く事だろう。


 フルーフは山積みされた箱の陰に身を隠す。

 『隠幕ハイド・カーテン』を使っている間は、敵の『結界』の中に居ても相手に魔力を感知されたりしてすぐにバレる事は無いが、フルーフに対して『漏出サーチ』を使ったり『魔力探知』を使われると地下牢にフルーフが居ない事は、すぐにばれるだろう。


 普段の疑り深い性格の彼であれば、すぐにフルーフの居る地下牢に向けて、魔力探知を使っていただろうが、現在は『神聖魔法』が掛けられている枷によって動きを封じられていると信じ込んでいる為に疑りさえせずに悠長に歩いていくミラであった。


 ――かつ、かつ、と階段を降りて来る音が小部屋で身を隠しているフルーフの耳に届いてきた。


 遂にフルーフの居る階層まで、ミラ達が居りてきたようだった。階段を降りて直ぐ傍に『フルーフ』が居る小部屋はある。


 フルーフは『隠幕ハイド・カーテン』の内側で、魔力回路から魔力を供給する準備を始める。


 『スタック』を行えば『隠幕ハイド・カーテン』を使おうとも、すぐに魔力を感知される為にそこまでは今はしない。


 規則的な足音を立てながら小部屋の前を通って行く二人。

 ミラ達はこの小部屋には、全く見向きもせずに歩いていく。


 どうやら無事にやり過ごせたかと安堵の溜息を吐くフルーフだったが、そこでミラではなくが、立ち止まるのをフルーフは『漏出サーチ』で感知する。


(……何故立ち止まる?)


 フルーフは小さく舌打ちをしながら『漏出サーチ』を用いてヌーの動向を探る。


「どうかしたのか? 何を立ち止まっている?」


 急に足を止めたヌーの顔を訝し気に見ながらミラは声を掛けた。


「なあ? さっき通り過ぎた部屋に『マジックアイテム』を格納している事はお前も当然知っているだろう?」


「『マジックアイテム』だと……? ああそういえば、あの部屋に仕舞ったのだったか。それで? それがどうかしたのか?」


「『魔神』が現れた後に俺がこの部屋から必要だと思う『マジックアイテム』を取りに戻ったのはお前も知っているだろう?」


 そこでヌーは突如『金色のオーラ』を纏い始めた。

 突然のヌーの行動に『ミラ』は少し顔を横に向けながら、訝しそうに口を開く。


「……ああ。お前に『念話テレパシー』をとばした時の事だな? で、それが?」


「俺は確かに、なんだがなぁ?」


 その言葉にミラは直ぐに視線を小部屋のある方へ向ける。そこにはうっすらと空いた扉から、明かりが漏れ出ているのが見えた。


 次の瞬間『ミラ』は『金色の目ゴールド・アイ』を使い、そして地下牢に居る筈の『フルーフ』に向けて『漏出サーチ』を放つ。


 ――しかし地下牢に幽閉している筈のフルーフからの魔力が感じられない。


 ミラとヌーは一瞬だけ顔を見合わせた後、すぐに小部屋に向かって急いで戻り始める。そして半開きとなっている扉を勢いよく開け放つのだった――。


 ――神域魔法、『普遍破壊メギストゥス・デストラクション』。


「ぐっ!?」


 ミラは咄嗟に『次元防壁ディメンション・アンミナ』を使おうとしたが、間に合わずに顔の前に手をやる事しか出来なかった。恐ろしい威力の極大魔法をその身に直撃してミラは『』を一つ失って死亡する。


 そして次の瞬間――。

 小部屋から真上に向けて魔法が放たれた。


 ヌーは扉付近で絶命しているミラを何と蹴り飛ばして、そのまま小部屋の中を確認する。そこで何と小部屋の天井に大穴が開いており、地下から空を浮上していくフルーフの姿が確認出来た。


「チッ……!」


 ヌーは慌てて『高速転移』を用いて『フルーフ』の後を追いかけるのだった。


 …………


 ミラの身体を青い光が包み込む。

 そして次の瞬間には死んだ筈のミラが、何事も無かったか如く再生を果たして身体を起こし始めるのだった。


「これは驚いたな。どうやって『フルーフ』は枷を外して地下牢を抜け出した?」


 フルーフは間違いなく『魔族』である。魔族に対して『特効』を持ち、身体の自由を奪い束縛する『聖動捕縛セイント・キャプティビティ』の魔法が掛けられている枷が、確かにフルーフには施されていた筈である。


 そして万が一に備えて出入口であるにも施していた。


 だが、先程ミラに向けて魔法を放ったのは、確かにフルーフの魔力が込められていた。


 つまり今フルーフは、という事に他ならなかった。


「おいおい。これは本当にまずいな……」


 ミラは手を頭にやると自身も『魔力回路』から『魔力』を供給し始めるのであった。

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