第523話 自分勝手なレキ

「……何だと?」


 唐突なレキの言葉は流石に、ソフィであっても理解に苦しむのであった。


「俺の身体は面倒な病気を患っていてな。回復させるまで他の身体が必要なのだ。そこでだ! と思ったんだよ。俺の病気を治す為に、とりあえず死んでくれないか? 別に自分から自害してもらって『代替身体だいたいしんたい』に魂を移動させてもいいぞ」


 どれだけ自分勝手な願いなのだろうか。

 ソフィは信じられないといった表情を浮かべながら、勝手な事を告げるレキの顔を見るのだった。


「病気を患っていると言ったが、一体どんな病気なのだ? 我に見せてみるがよい」


 ソフィは『神聖魔法』の一つにある『救済ヒルフェ』という魔法で死後すぐであれば、死者を死から蘇生させる事すら可能な魔法がある。病を治す魔法ではない為、健常体に戻すことは出来ないであろうが、それでも病の進行を遅らせることは出来るかもしれないと、ソフィは考えたのであった。


「クカカカッ! いや別にそれはいいな。俺は別に病気を治したいというわけじゃないからよ。


 その言葉にソフィはレキに嫌悪感を抱いた。そしてソフィの表情を見て、実に素晴らしいものだと言わんばかりにレキは満足そうに笑い始めるのだった。


「お主それは……。本気で言っているのか?」


「クククク! お前とやらでは大層有名な魔族なんだろう? コイツが言っていたが、お前は仲間を傷つけられたら本気を出すそうじゃねぇか。俺はお前の力に興味がある。俺と本気で戦ってみないか? 自身で上手く力を制御出来ないっていうなら、怒りを俺に向けられるように、お前の程、にしてやってもいいぞ?」


 辺りに響き渡る程の大声で、レキは意気揚々と喋りながら笑う。


「チッ! やっぱりコイツをソフィに会わすべきじゃなかったな。悪いな……、そ、ふぃ!?」


 溜息を吐きながらリディアはソフィを気分悪くさせた事を謝罪しようとしたが、ソフィの表情を見て身体が竦んで動けなくなった。


「……お前の勝手な都合で我の仲間に手を出すと、本気でそう言っているのだな?」


 リディアは今日の試合で感じたラルフの『殺気』とは比べ物にならない『殺意』の余波を受けて、気絶しそうになるのを『金色』を纏いながら必死に堪える。


「ああ! 。そういえばさっきこの街の復興作業が終わったとか言っていたか? だったら今直ぐにこの街全てを吹き飛ばして、全て無駄にしてやってもいい……ぞっ!?」


 ソフィの目が金色に光ったかと思うと、喋り続けていたレキは表情を戻して、隣に居たリディアの肩を掴んで空へと飛翔した。


 一瞬で空高く飛び上がったレキだが、一秒にも満たぬ間にソフィが目の前まで接近してきた。


「チッ! どうやらこいつは本気だな。お前は離れていろ、邪魔にしかならん」


 レキは掴んでいたリディアにそう話しかけると、そのまま振りかぶって遠くへと投げ飛ばした。


 リディアはレキに投げられながらも上空で強引に態勢を戻しながら速度を殺しつつ、闘技場の観客席の一番高い場所で器用に着地に成功するのだった。


 レキは横目でリディアの無事を確認した後、目の前まで迫ってきたソフィに意識を向ける。ソフィが右手をレキに向けると、恐ろしい風の衝撃が生み出された。


「!?」


 その風の衝撃に飲み込まれたレキは、身体の自由を奪われて強引に空を移動させられていく。トウジン魔国上空から一瞬で『レイズ』魔国辺境の空まで身動きが取れないままで『レキ』は運ばれていった。


「心地よい風だったが、流石にもうよいぞ?」


 レキがそう言うと『金色のオーラ』がレキを包み込む。そして、どんっという衝撃音を響かせたかと思うと、レキは風の向きを跳ね返して強引に身体の自由を取り戻す。


 今度はソフィの方へレキに向けていた風が跳ね返ってくる。


「……むっ!」


 魔瞳『金色の目ゴールド・アイ』を使って自身の放った風の勢いを殺す。


 『レイズ』魔国領の辺境の空の上で『ソフィ』と『レキ』は、何事も無かったかのように浮かびながら相対する。


「我のを抜け出すか」


 魔法ではなく単純に魔力を込めて風を起こしただけに過ぎないが、ソフィに風の檻と呼ばれた衝撃波は簡単には抜け出せるものではない。


 それを目の前に居るレキという大魔王は、あっさりと抜け出すのだった。


「クカカカッ! もう少しだけその身体の吟味をさせてもらうとするか」


 そう言うとレキの両目が左右違う色へと変貌する。左目が『』右目が『』であった。


 その両目でレキはソフィを睨みつけると『金色の目ゴールド・アイ』を使っているソフィが動けなくなった。


「何だこれは? ただの『金色の目ゴールド・アイ』ではないのか?」


 どうやら口は動くが身体が鉛のように重くなり、今度はソフィの自由が奪われたようだった。


「まぁ、お前がこの俺の予想を上回らなければ、この一撃で終いだな」


 レキは渾身の一撃を放つべく右手を思いきり振りかぶり、避けられる事など何も考えず、隙の大きい一撃をソフィに向けて放った。


 ソフィはその言葉の通りに身体の自由が利かず、躱す事も防御をする事も出来ずに見る事しか出来なかった。やがて思いきり振りかぶったレキの右拳が、ソフィの顔を思いきり殴り飛ばした。


 素手で起こした衝撃音とは思えない程の爆音が、周囲一帯に鳴り響いたかと思うと、空中でのレキの殴り飛ばした一撃で地面に衝撃が伝わり、亀裂が入って大きな地割れが起きていく。


 殴り飛ばされた張本人であるソフィは、次から次に岩山を突き破り『トウジン』魔国のある方面に向かって強引に戻されていく。


 死んでもおかしくない程の一撃を受けて、恐ろしい速度で飛ばされていくソフィだったが、途中から口元から犬歯のような物が見えたかと思うと徐々に長くなり、牙に見える程になった。


 ――そしてソフィの背中から羽が生えた瞬間。あっさりと勢いが止まりその場で止まった。


「クックック! よいぞ! 最高に楽しませてくれるじゃないかレキッ!!」


 ソフィの周囲を纏っていた『金色のオーラ』が消えたかと思うと次の瞬間。


 ――『』と『』が同時に纏われた後、再び『金色』が中央から出現して、他の二色に交ざり合わさっていくのだった。


「フハハハハ!!」


 ソフィの笑い声と共に纏われたオーラによって、ここまで飛ばされる時に突き破ってきた多くの岩山の穴が開いた所から次々に崩れていく。


 ソフィが笑い声をあげた後、レキの元へ向かって一気に加速して飛び出した。


「さて、俺の予想通りであれば動く事は困難だと思うが、どうだろうな」


 左右の目の色を変えているレキは、恐るべき力をその身に宿わせる。

 『代替身体だいたいしんたい』のこの状態であっても、大魔王最上位程の力は軽く上回っている事だろう。


 リディアが目標にしていると言っていた先程の魔族ソフィが、どれだけ強いかは知らないが、並の大魔王であるならば今の一撃を受けて死んでいても可笑しくは無いだろうと、レキは考えるのだった。

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