第458話 絶対に受けたくない魔法

 『魔王軍』の最高階級である『九大魔王』の筆頭である『ディアトロス』と『九大魔王』の現No.2である『イリーガル』にリーシャは敬礼をするのだった。


 その姿を見たイリーガルの側近達は、その場で跪いて目上の存在であるリーシャに礼をとるのであった。


「お主がここに来るという事は、遊撃をする余裕もなくなるほど、組織の連中の襲撃は苛烈を増したということかの?」


「いえ、奴らはあたしの元へは『分隊』を寄こしながら様子見をしている段階のようですが、今回は後ろに居る二人を避難させたいと思いここに来ました」


 リーシャの報告を聞いたディアトロスは頷き、そこでレアとシスの方に視線を向ける。


 そこでレアは口を開こうとしたが、ディアトロスが被せるように話し始める。


「『代替身体だいたいしんたい』か、主達は何者かの?」


「え……?」


 力を開放したわけでも魔力やオーラを纏わせたわけでもないというのに、あっさりと現在のレアの状態を看破する『ディアトロス』に、レアは驚きの声を上げるのだった。


「ディアトロス様! このレアが私の言っていた魔族です!」


 そう言ってリーシャは『レア』の小さな身体に手を回して嬉しそうに抱き上げる。


「ちょ、ちょっとリーシャ!!」


 体格が大人になったリーシャは、レアの小さな身体を抱きながら嬉しそうに笑顔で頬づりをする。


 傍から見れば自分の娘を抱き上げて可愛がる母親のように見えるが、実際の年齢はリーシャより遥かに年上のレアである。


「ふむ。お主が『ビル・カイエン』の報告にあった『』で間違いなさそうだ」


 レアはその言葉に視線をリーシャからディアトロスに向ける。


「ほう? つまり彼女が殿というワケですか」


 そこで横に並んでレア達を見ていたイリーガルが口を挟む。


「そう言う事じゃな……。ん?」


 そこでディアトロスはレアの横に居たシスから漏れ出る魔力に、眉を寄せながら見る。


「……」


 先程までは物珍しそうに周囲に居る『精霊』達を見ていたシスだったが、今は真っすぐに『ディアトロス』に視線を向けて嗤っていた。


「何かおかしいかな?」


「えっ!?」


 ディアトロスがシスにそう言うと、我に返ったシスは驚いた声をあげるのだった。


 シスはディアトロスの顔を見た後、周囲をきょろきょろとし始める。

 自分がどういった表情でディアトロスを見ていたのか、本人も気づいていないようだった。


「す、すいません……。少しの間、私の意識が飛んでいたようです」


 嘘偽りなくシスはレアと話すディアトロスを見た後、急に意識が数秒ほど遠のいたのだった。


「そうか。無意識だったようだな? それしてもお主も余程に複雑な『魔力』を内包しておるな?」


 そう言うとディアトロスは『シス』に向けて『漏出サーチ』を放つのだった。


 そこでディアトロスは、シスが変わった魔力をしている事に気づいた。


「……複雑ですか?」


 シスは自分では分からないが、昔にユファもまた同じような事を自分に言っていたなと思い出すシスだった。


「お主は膨大な魔力を持っておるようだが、何故かその魔力が完成されすぎて逆に不自然な、淀みがない深みのような……。いや、ちょっと待てお主……?」


 ディアトロスはシスに話をしているようでいて、徐々に魔力の分析を進めていく内に真剣な表情を浮かべて独り言のように変わっていった。


「まさかこの魔力は『』?」


 何かに思い当たったのか、ディアトロスはぽつりと


「……?」


 シスは何を言っているのか、分からないとばかりに首を捻る。


「むっ!?」


 ――しかしそこで唐突にディアトロスは上空を見上げる。


 イリーガルやリーシャもまた、釣られるように見上げた後に何かが空を飛んでこちらに近づいてきているのを見るのだった。


「すまぬな。どうやら話はここまでのようじゃ」


 ディアトロスはそう言うと、再び『結界』を張りなおす。


「リーシャ、バルク! お前達は精霊女王ミューテリア殿達を守れ」


「分かりました!」

「御意!」


 命令を出したイリーガルは、背中から大きな刀を抜いて手で握る。

 レアが空を見上げると、続々と多くの者達が近づいてきたのが見えた。


「ふむ『リーシャ』がここに来た事で、何かあると踏んで待機していた『組織』の連中が動いたといったところかの……? まぁ仕方あるまい」


 ディアトロスは手を空に翳して、近づいてくる組織の魔族達に向ける。


「少しばかり戦力を割かせてもらうか」


 ――神域魔法、『哀レ彼ラハ枯レ塵ル』。


 何と『結界』の内側からディアトロスが放った魔法によって、こちらに向かっていた大勢の魔族達の姿が変貌していく。

 若々しい姿をしていた魔族達が、一斉に年老いた老人の身体のように変化していくのであった。


 更に顔や身体だけではなく『魔力』そのものが弱々しいモノに変わっていったかと思うと、慌てふためく空に居る者達に向けて『ディアトロス』は今度は右手を翳し始める。


「クックック! 突然の弱体化に一体どれ程の者が、自身の『魔力』を完全に把握できるかの?」


 ――神域魔法、『消失ス、名モ無キ骸』。


 大陸の上空に居る組織の者達の身体に、幾重にも線が入ったかと思うと、次の瞬間にはコマ切れにされて体が千切れていく。


「なんじゃ、つまらん。どうやらこやつらは組織の『本隊』ではなく『分隊』の方だったか?」


 ディアトロスがそう呟くと『精霊の大陸』に迫ってきていた膨大な数の組織の者達は、一体残らず切り刻まれて絶命するのだった。


「ふむ。ディアトロス殿? 奴らの肉片をこの大陸に落とすのは、ミューテリア殿達にも迷惑がかかるのでは?」


 そう言うとイリーガルは持っていた大刀を空に向けて振り切った。

 その瞬間に『イリーガル』の得の大刀から、衝撃波が生まれて空に放たれていった。


 恐ろしい風がパラパラと落ちてくる魔族達の肉片を吹き飛ばして、そのままの勢いを持ったまま、イリーガルの結界を突き破って衝撃波は空の彼方へと消えていった。


「イリーガルよ。せっかく張ったばかりの儂の『結界』を壊すのはやめてもらえぬか?」


 溜息を吐いて再び張りなおす。


「ははは、これは失礼仕った!」


 そう言ってイリーガルは大刀を背中に戻す。


「いやぁえげつないよねぇ。ディアトロス様のあの相手を老化させちゃう『魔法』ってさぁ? 一度受けたらもう元に戻らないんだよぉ? 私は絶対に受けたくない魔法だなぁ」


 レアを抱き抱えたまま、怖い怖いと言いながらリーシャは笑うのだった。


(……こんな化け物達なら、救出とかしなくてもいいんじゃないかしらぁ?)


 レアは予想以上の強さを持った『ソフィ』の配下達を見てそう考えるのだった。


 ……

 ……

 ……

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