第402話 大賢者ミラの抱く野望

「どうやら『アレルバレル』の世界に残してきた部隊が壊滅させられたようだ」


 そう呟いたのは、この屋敷の主の大賢者ミラだった。


「ふんっ! 化け物を多く飼っている奴らの主からして化け物なんだ。屑共しか残してない残兵が、滅ぼされるのは当然だろうよ」


 ミラの言葉に舌打ち交じりに返事を返す男の名は大魔王『ヌー』。


 元々は敵対していた者同士だったが、現在は攫ってきた稀代の天才魔族を扱う上で利害が一致したために『最恐』の異名を持つ大魔王『ヌー』と、遥か昔のアレルバレルから生きる大賢者『ミラ』が同盟関係を結び、現在は一つのテーブルを挟んで食事をしていた。


「おいおい、一緒にしないでもらえるか? ? 昔の拠点の一つに残していた私の配下は、なかなかに優れた者だった」


 ミラは大魔王『リガイダー』を思い浮かべながらそう口にする。


の前では俺やお前であってもどうにもならんだろうが、それでどうするつもりなんだ? お前がコイツを攫えというから攫ったが、こんな中途半端な大魔王を配下にしたところで何の意味もないと思うがな」


 魔瞳まどう金色の目ゴールド・アイ』で操られて、無表情のまま立たされている『』を見ながらヌーはそう告げる。


「おいおい! お前にはこの魔族が、如何に有用になるかが分からんのか? こいつはな、今の私でさえ理解が追い付かない程の『魔』を創り出す天才魔族だぞ?」


「だからどうしたと言うのだ? 今更新魔法を作ったからと言って、どうなるものでもあるまい? というは俺達とは魔力の規模そのものが違いすぎる」


 不遜で誰に対しても高圧的な態度をとっていた男が、たった一度の敗北を経験したことで、ここまで変わってしまうかと『ミラ』は内心ほくそ笑んだ。


「今すぐは確かにどうにもならないが、数千年の間にこいつの知識を全て絞り出して、全ての『魔』を根本から覆していけば好機は生まれる筈だ。こいつにはそれだけの価値がある」


「ふんっ! 馬鹿馬鹿しい話だ。たかが新しい魔法を作ったところで何になるというのだ」


 ヌーは鼻を鳴らして目の前の肉に食らいつく。


「お前はまだ生まれていなかったから知らぬだろうが、私がまだを持っていた頃。とある人間の大賢者があらゆるその身で『新魔法』を生み出して戦い、あの


 ヌーは頬張って肉を食べていた手をぴたりと止めて、驚きの視線をミラに向けるのだった。


「人間の大賢者があのソフィと引き分けただと? それはお前の事じゃなくてか?」


「ああ、そうとも。あの『エルシス』は今の私でも到底勝ち目はない。というよりも比べるのも烏滸おこがましい程だといえる」


 大賢者ミラと言えば、かつての『』の時代以前から生きてきた、まさに化け物のような存在で『アレルバレル』の世界の大魔王の領域に居るモノ達が口を揃えて『死にたくなければ敵対するな』と言う程に恐れられていたのである。


 元々は皇帝に飼われていた魔法使いだったというが、大魔王『ロンダギルア』が敗れた時に皇帝を裏切って人間の身でありながら『アレルバレル』の魔族達の住む大陸である『魔界』側に移動した後に独自の『組織』を作り上げて、一つの時代を築き上げて存在を知らしめた程の人間である。


 そんな人間が自らより強いと言うのだから、余程その『エルシス』という人間は埒外の存在なのだろう。


「エルシスはこの世界の『ことわり』を生み出した精霊より、更に進んだ『魔』の概念を生み出してより優れた『理』をこの世に創り出した『魔』の原初の存在のようなモノでな。お前が小さい頃から使っていたなのだぞ?」


 その言葉にヌーは、流石に驚きを隠しきれなかった。


「後世にまで残せる程の新魔法を創り出せる者とは、一つの世界を創り出す神と同義だと思わんか?」


「ちっ!」


 ヌーは口を挟もうとしたが、ミラの目を見て言葉を発さず代わりに舌打ちをした。


 普段は冷静で大人しい性格と言えるミラだが、この目をするときに口を挟むと碌なことにならない。


 ましてや間違いだと指摘したり反論したりすれば、相手が『ヌー』程の大魔王が相手であっても殺そうとしてくるから厄介である。


 力ではヌーの方が強く戦力値も勝っているだろうが、それでもミラを殺しきる事は出来ないだろう。彼自身が言っていたことだが、大賢者ミラには『死の概念』がないのである。


 一度敵対してしまえば何度殺しても何度殺しても蘇ってきては、確実にこちらの息の音を止めるまで襲い掛かってくる。


 別の意味でソフィと同じ厄介極まりない存在のため、出来る限りは相手にしない事が重要なのであった。


「まさにあのエルシスは全ての賢者や魔導士。そして『魔法使い』の目指す至高の存在だった。ああ、まさにだ。彼ほどの存在であれば、今頃はこの世界を牛耳る事など容易であったはずだ! あの化け物ソフィを相手に引き分けたと言うが、彼があと数百年生きてさえいれば結果は変わっただろう。寿という下らない理由でこの世を去らなければ、彼はもっと偉大な功績を遺せていたはずだ! 『神聖魔法』『神域魔法』『時魔法タイム・マジック』。ああ全てが、全てが素晴らしい! 美しい! まさに地上へ舞い降りた神だったのだ!」


 興奮状態のミラを横目に見ながらヌーは、肉をくらいワインで喉を潤す。


「おい! 私の話を聞いているのか! 相槌くらい打ったらどうなんだ!!」


 テーブルを叩きながら立ち上がり、血走った目で食事を続けるヌーを睨みつける。


「うるせぇな、聞いているよ。その賢者の事は分かったが、コイツがどう関係するというのだ?」


 ヌーは激昂するミラを鬱陶しそうにしながらも怒鳴り返したりはせずに、大人しく冷静にそう返事をするのだった。


 そしてヌーは更に虚ろな目をしている『フルーフ』に視線を向ける。


「ここまで言ってもまだ伝わらないか? つまりこいつはなのだ」


 再び何を言っているのだという顔をしながら、ヌーはミラを見る。


「私はコイツとあの化け物が、魔法を使いながら談義をしているところを遠くから見ていた。私はコイツが使って見せた魔法の数々を見て直ぐに気づいた!」


「正気か? こいつは魔族だぞ? エルシスとやらがいつの時代の人間かは知らぬが、こいつはその時代には生きていたかもしれんのだぞ?」


「お前は心底馬鹿なのだな? そんなことはどうだっていい。私が言いたいのはなのだと言っているのだ! それくらい察せよ馬鹿が!」


「だったら最初からそう言えよ、手に負えないキチ〇イが……」


 小声でそう呟くヌーの言葉が聞こえなかったのか、ミラはまだ口を開いて自分の世界に浸っていた。どうやらここまでの話を纏めると、この『フルーフ』という魔族は過去にいた『エルシス』という大賢者の人間と同じ程の魔法を生み出す天才で、今後コイツを上手く使えばあの化け物と渡り合える可能性が出てくるといったところだろうか。


「それで? こいつに新しい魔法を延々と作らせて使えそうな魔法を俺達が覚えて行けばいいのか?」


 ヌーのその言葉に、自分の世界に入り浸っていたミラが戻ってきた。


「ああ。大体はその認識でいいがな、既存の魔法で我らが得意とする魔法を改良させるのが一番の目的といえるな」


「俺達の使う魔法を改良だと? そんなことが可能なのか?」


 半信半疑のヌーに今度こそミラは満足そうに頷く。


「魔法を創り出すと言うことは『ことわり』を一から構築していると言うことだぞ? 既存魔法に付け足すといった程度のことならば、こいつやエルシスのような天才達には容易いだろうよ」


 ミラはエルシスの魔法を改良して自分もまた一から魔法を作ろうと企んだことがあった。


 ――長い年月をかけてミラが生み出した『魔法』は


 魔法『聖なる再施ホーリー・レナトゥス』と魔法『追放エクソリート』。


 どちらも今は失われた魔法であるエルシスの『神聖魔法』から生み出した魔法である。


 エルシスが使っていた『神聖魔法』は、すでにその『ことわり』自体が同じエルシスが創り出した『理』の更に先をいっている特殊な『理』から生み出されており、いわば『アレルバレル』のエルシスの生み出した『ことわり』から更に正当な進化を遂げた『理』といえるものだが、今の『アレルバレル』に生きる『魔法使い』達では理解が追い付かずに誰も使用が出来ない。


 そのせいで『根源魔法』の扱いとされて体現している者は、現在ではくらいのものである。


 その神聖魔法を数千年かけて作り替えた魔法が『聖なる再施ホーリー・レナトゥス』と『追放エクソリート』なのであった。


 元々敵を遠ざけるための魔法『追放エクソリート』は大賢者『ミラ』が、攻撃魔法へと改良を加えた。但し改良とはいっても効力自体は『エルシス』の『神聖魔法』のままであり、あくまで攻撃主体となる『周囲一帯』に特化させたというモノである。


『ロンダギルア』などがまだ生まれ出る前の『アレルバレル』の世界では、単体に特化した魔法でなければ『真なる大魔王』達を相手に戦う事は難しかったために、ほとんどのエルシスの魔法『神聖魔法』は単体に特化した魔法が多い。


 もし今の時代にエルシスが生きていれば、ミラがそうしたように単体魔法を周囲全体に改良を加えていただろう。そして更なる高位で荘厳たる魔法の数々が生み出されていた筈だ。


 ――決して『エルシス』は、寿命なんかで失ってはいけない至高の存在だった。


 だからこそ仮初ではなく、完全に『死の概念』を消し去って、ミラ自らが『第二のエルシス』となって、だったのだとをしなければならない。


 フルーフというまさにうってつけの天才を見つけられたことは、野望を抱えるミラにとってこれ以上ない僥倖だっただろう。


 全ての知識を吸収して更なる向上に役立てていずれは、自らも御伽噺の登場人物のような存在にならなければならない。


 ――そう『魔』を極めた神々である『』といった存在のように。


「まぁ好きにしたらいい。あの化け物と再び相まみえる時、俺が勝てればそれでいいのだからな」


『アレルバレル』の世界で僅か数千年という年月で、ソフィに次ぐと言われていた化け物である『ディアトロス』を押し負かす程の力を手にして、名実共にNo.2の座にまで上り詰めた大魔王『ヌー』と、古の時代から生きて『アレルバレル』の世界で多くの大魔王を従えて、人間の身で恐ろしい組織を形成した大賢者『ミラ』。


 互いに別々の野望を抱えたまま、互いにソフィを倒すまで続くであろうは、こうして結ばれるのだった。

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