第372話 集落の長老バルド

 エイネに誘われた集落は、先程の試験が行われた森の場所からすぐの所にあった。その集落には『結界』が張ってあり、どうやら集落の存在を隠す働きの『結界』のようだった。レアでさえ注意してみなければ、この集落の存在には気づかなかったかもしれない。


 森の集落の中は広く、畑が目立つ村落だった。畑を耕す農家の老人は『エイネ』達が入ってくると、持っていたクワを下ろしてこちらに駆け寄ってくる。


「おうおうリーシャよ、試験はどうだった?」


「じいちゃん! リーシャ頑張ってボアを倒したよ!」


「おお! そうかそうか、よくやったなぁ」


 満面の笑みを浮かべるリーシャの頭に手を置いて笑顔を見せる老人。褒められて嬉しそうに笑うリーシャの頭をなでながら、老人は横にいるエイネを見た後にその後ろの小さな存在に気づいた。


「ビル爺。こちらの方は試験を行っていたリーシャを見て、ボアに襲われていると勘違いなさって、身を挺して助けてくださったレアさんよ」


 エイネに説明をされたレアは、一歩前へ出て挨拶をしようとする。


「リーシャだけでも余裕で倒せたのにさ、勝手に手を出してきた癖に、あたしに感謝しろってうるさかったんだ!」


 どうやらあの時の事をまだ根に持っているのか、レアが口を開こうとしたのを遮ってリーシャがそう言った。


「はっはっは! それはそれは。レアさんといったかな? この子を助けようとしてくださり、ありがとうごぜぇますじゃ」


「え……、ええ」


 レアは出鼻を挫かれたような思いを抱いたが、感謝の言葉を口にされて言い籠るのだった。


「ここは何にもない集落ですが、良かったらゆっくりしていってください」


 そういってビルと呼ばれた老人はレアに頭を下げた。


「ビル爺、長老居るかな? レアさんを紹介したいんだけど」


「ああ、この時間ならまだ家で寝てるじゃろうな。行ってみるといいさ」


 そう言うとビル爺はリーシャにの頭を一撫でした後、レアに会釈をして再びクワを担いで畑へと戻っていった。


「何というか、平和なところなのねぇ?」


 レアがそう言うと、エイネは笑いながら頷いた。


「それもこれもを倒して、この大陸を解放してくれたからですよ」


「アイツら……?」


 エイネはレアのつぶやきには気づかなかったようで、そのまま道を進んでいく。仕方なくレアは、その後をついていくしかなかった。


 ――見渡す限りの自然に囲まれた集落。


 まるでこの集落自体が隠れ里のような印象を受ける。そしてこの集落へ来てからレアが気になった事が一つある。


 この集落にはそこそこ魔族達が住んでいるようだが、ここまでに出会った者のほとんどが老人ばかりであった。エイネと同じくらいの年代の若者や、リーシャのような子供もいない。


 その事が気になって尋ねてみようかとレアが口を開きかけた頃、前を歩いていたエイネが立ち止まった。


「ここがバルド長老が居るところです。ちょっと待っててくださいね」


 レアにそう告げるとエイネは中へと入っていった。集落の一番奥に建っている長老の家はあばら家のようだった。大きな屋敷に住んでいるものだと思っていたため、レアは少しばかり驚かされる。


「……」


 魔力感知で中を探ってみると、確かに魔族が中に居るのをレアは感知する。


「ねぇねぇレア。バルド様は怒るとね、とってもとっても怖いんだよ!」


 レアの隣に居るリーシャが両手をあげて『がおー』と怒っている熊を真似しながら、レアに話し掛けてくるのだった。


「だからエイネと一緒に中へ入らなかったのぉ?」


 レアがそう言うと、痛い所を突かれたとばかりに手を下ろしながら、少し眉に寄せてリーシャは頷いた。


「この前ね、リーシャ怒られたところだから……。あんまり会いたくない」


 リーシャはムッとした顔でそう告げた。レアはそのリーシャの言葉と顔を見て、やんわりとした笑顔を向けながらリーシャの頭を撫でるのだった。


 リーシャはレアの手を払いのけようとしたが、レアが執拗に追ってきて撫でまくるために、諦めてされるがままになるのだった。


 そんなことをしていると、そこで中からエイネが出てきてレアに声をかけてくる。


「レアさん? 長老を紹介しますので、中へお入りください」


 レアはエイネに頷きをみせた後、横に居るリーシャの頭から手を離しながら、そのリーシャにウインクをして家の中へと入っていくのだった。


 リーシャは渋々といった顔を浮かべていたが、レアの後をリーシャもついてくるのだった。


 中に入りエイネの先導で廊下を歩いていくと、やがて長老が居ると言う部屋に辿り着いた。


「ここです」


 そう言って通された部屋に入ると、長いソファーに腰かけていた厳格そうな男が、こちらを見ていた。


 レアが挨拶でもと口を開こうとするが、その前に老人の目が『金色』に輝いた。


「!?」


 その目を見た瞬間、ほぼノータイムでレアも目の色を『金色』に変えた。


 昔から散々『フルーフ』に鍛えられたレアは、無意識に相手の攻撃に対して防衛策を取るようにと体に教え込まれている。


 互いに相手の目を見ること数秒間――。


 長老と呼ばれていた男は、口角を吊り上げて笑い始めた。


 老人は目を戻した後に両手を上げて、攻撃をしないという意思をレアに示す。


「ちょ、ちょっと、何をしているんですか長老!」


 慌ててエイネが長老に詰め寄る。


「はっはっは! 成程な。いや、すまぬ若いの」


「突然なんなのよぉ?」


 レアもそう言いながら『魔瞳』を使っていた目を元に戻して愚痴を言うのだった。


「いやいや……。見たことのない『ことわり』の魔力を纏っていたものでな? 少しばかり試させてもらったのじゃ」


 ――レアはその言葉でこの長老が並の実力ではないことを悟る。


 確かにレアの周りは、常に微弱の障壁を纏い自身を守っている。


 その『障壁』は『レパート』の『ことわり』の魔法を用いているために、別世界であるここでは『ことわり』が違うというのは明白である。


 しかし大規模な魔法を使う時の魔法陣などで『ことわり』の違いを把握するならば分かるが、身体を纏う程度の微弱な『障壁』で、別の世界の『ことわり』だと気づくには相当の実力者が凝らして、よく見ていなければ分からない程の違いである。


 それをこの僅か数秒で気づいたのだから、レアはこの老人を徒者ではないと思ったワケであった。


「その子が危ないと思って助けてくれたことはエイネから聞いておる。感謝しますぞ、旅のお方」


 そう言いつつ厳格そうな男はレアに頭を下げるのだった。


「あたし全然危なくなんてなかったよ! それに、ちゃんと試験に合格したもん!」


 長老の言葉を聞いて自分があの『ボア』にやられそうになったと思われるのがしゃくだと感じたリーシャは、すぐに弁解を求めるように言葉を出して存在感をアピールするのだった。


「はっはっは。分かっておるよ、リーシャ。試験合格おめでとうなぁ」


 そういって老人が笑うと、リーシャはようやく顔を綻ばせるのだった。


「うん! これで私も一人前でしょ!」


 たたっと駆け出して、長老と呼ばれている男の元へ向かっていく。長老はリーシャを受け止めながら、頭を撫でるのだった。


 その様子をレアは、微笑ましく思うのだった。


 リーシャの頭を撫でていた長老は、そのレアの視線でようやく挨拶がまだだったという事に気づいた。


「これはこれは、申し遅れましたな。儂はこの集落の現在の管理人をしておる。名前を『バルド・フィランツ』と言います」


 バルドと名乗った集落の長老は、ここにきてようやくちゃんとした自己紹介を始めるのだった。

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