第371話 五歳の魔族が行う戦力値コントロール

「グオオオッ!」


 ボアは真っすぐにリーシャに向かって突進してくる。猪の魔物というだけあって一直線に突っ込んでいって、狙った獲物をその牙で貫こうとする。単純と言えば単純な攻撃手段だが、実際に敵対してみると中々の威圧感がある。


 それも今のボアは通常とは比べ物にならない強さを持っているため、五歳だというリーシャにとってはかなりの脅威に映っているだろうとレアは察する。


「たぁっ!!」


 リーシャは上手く二本の短剣を使いクロスさせながら、突進してくるボアの牙に自らの得物を充てて、後ろ歩きをしながら『ボア』の勢いを少しずつ殺していく。


 そして『ボア』の速度が緩まった所を見計らって、空へ飛び空中で回転しながら『ボア』の背後に回り込み、そのままボアの背に短剣を充てながら自らの体重をかけて振りおろすのだった。


「グオオオオッ!!」


 ボアは痛みに悲鳴をあげながらも、リーシャの体を掬い上げるように顔を振る。リーシャはボアに体を掬われて再び空へ舞い上がる。


 ボアは落ちてくるリーシャに牙を合わせようとするがその刹那。リーシャは笑みを浮かべる。


 そして落ちてくるリーシャの周りを『紅のオーラ』が纏われていったかと思うと、落下速度が上がり、一気にボアに向かって短剣が振り下ろされた。


 タイミングを狂わされたボアは空から落ちてくるリーシャに、頭部から切断されて首を飛ばされていった。


 そして着地と同時に短剣を一つ地面に捨てたかと思うと、もう片方の短剣を右手に持ち替えて、左手の掌に短剣の柄を当てながら、逆手に持った短剣に『紅のオーラ』を灯しながら一直線に首のないボアの胴体を目掛けて直進して正面から貫断する。


 レアの位置から見た今のリーシャの攻撃は、空からの縦切りそして着地からの攻撃は、まさに『十字の文字』に見えた。


「それまで! よくやった!」


「やったー!」


 エイネが試験終了を止めると、本当にあの強さのボアを倒して見せたリーシャは両手をあげて大喜びしていた。


「本当にあんな小さな子供が、戦力値2000万の『ボア』を倒しちゃったわねぇ……」


 流石のレアも驚きを隠し切れなかった。

 そしてそんなレアの元にリーシャが歩み寄ってきたかと思うと――。


「どうだ! レア! リーシャ強いでしょ?」


 鼻息を荒くしながらリーシャは、レアにドヤ顔を浮かべてくるのだった。


「そうねぇ、大したものだわぁ」


 素直にレアが褒めると、目を細めてリーシャは笑うのだった。


 レアはリーシャを改めて見る。戦闘が終わった今のリーシャの戦力値は400万程であった。


 確かに五歳の魔族にしてはかなり強い部類に入るが、それでも先程のボアは戦力値2000万を越えていた。


 試合の時に一瞬だけ紅のオーラを纏ってはいたが、今のリーシャの戦力値ではいくら『紅のオーラ』を纏ったところで戦力値2000万の『ボア』は倒せない筈である。


 つまり考えられるカラクリは一つだった――。


 ――『』である。


「貴方、本当に五歳なのかしらぁ?」


 普通でさえ戦力値のコントロールは『上位魔族』程度では扱える筈がない。それこそレアの世界でさえフルーフの魔王軍に入っているような魔族くらい強くなければ不可能である。


 しかし先程の『紅のオーラ』を用いて戦力値コントロールで行ったリーシャを見るに、確実に魔族のオーラである『紅』を使いこなしてしまっている。


 それをたった五歳の子供が扱えるのだとしたら、とんでもない潜在能力である。


「五歳だよ!」


 嘘なんかついてないと言いたげに顔を膨らませて、レアに怒り顔を見せるリーシャだった。


 そしてそんな二人のやり取りを見ていたエイネが、ゆっくりと近づいてきた。


「レアさんといったかしら? もうこの子の試験が終わったから、貴方を私達の集落へ案内したいのだけど、お時間は宜しいかしら?」


 どうやら試験と気づかずにボアに襲われているところを助けようとしたレアに感謝を込めて、エイネは集落で歓待するつもりのようだった。


「ええ、時間の方は大丈夫だけど……」


 そうは言葉にするが『レア』は『エイネ』程の強さを持つ者達が、他に居るかもしれないという場所へ行く事に少々不安を感じていた。


 しかし『フルーフ』の情報のことや、あのローブを纏っていた青年の情報が欲しいレアは、エイネに誘われるがままに、森の中の彼女達の集落とやらに向かうことにするのだった。

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