第369話 リーシャとの出会い

 この世界に来た時の元の場所へと戻ったレアは、先程の化け物たちの存在達を一時的に保留にして、違う場所から調べる事にした。


 しかしこの大陸を空を飛びながら見回すが、町や村といったものが全く見当たらない。それどころか至る所に大穴があいており、大陸全土が戦場のような印象を受けるレアだった。


 結局ぐるりと大陸の外周部分を見渡したが、何も見つけられないレアであった。


「内周を探るしかないわねぇ。でもさっきのやつらの根城の近くを通るのは、今は避けたいところなのよねぇ」


 このまま海に面した部分をぐるぐる回っていても仕方がないと判断したレアは、敵の魔力感知の危険性を理解した上で『隠幕ハイド・カーテン』を張りながら慎重に大陸の内部を探り始めるのだった。


「ん……?」


 森に包まれた道を空から探っていたレアは、小さな魔力の奔流を感知してそちらを見に行く。空から森の中へ入ると、どうやら小さな子供の魔族が猪の魔物に襲われているようだった。


「ただの魔物じゃ……ない?」


 見た目は一般的なボアと呼ばれる魔物で、レアの世界でも見かける魔物なのだが、通常とは異なり目が紅く発している魔力は桁違いであった。


 レアはこの魔物の戦力値を『漏出サーチ』で確認するが、2000万を越えているのを確認した。


 ――これは何処の世界であっても『最上位魔族』に匹敵する程の数値である。


 襲われている子供は短剣を両手に一本ずつ携えて震えている。どうやら戦おうとしているようだが、戦力値2000万を越える相手では、あの子供がどう足掻いても勝てるとは思えない。


 このまま戦えばボアにやられる事は容易に検討がつくが、レアは手を出すべきかで悩むのであった。


「グオオオッッ!」


 ボアが子供目掛けて猛進していくの見たレアは溜息を吐く。


「仕方ないわねぇ」


 震える子供の前に転移したレアは、そのままボアの突進を左手で制止させる。


 突然現れたレアにびっくりしながら、子供のその『魔族』はその場に尻餅をついた。


 レアは『金色の目ゴールド・アイ』を使い『ボア』を睨みつける。


「この場から去りなさい」


 レアがそう告げると紅い目をした『ボア』は、慌ててその場から立ち去って行った。


「あなた。危ないところだったわねぇ?」


 レアが振り向いて小さな子供にそう言うと、予想だにしない言葉が返ってきた。


「なんて事をするのよ! 試験の邪魔をしないでよぉ!」


「な……っ!?」


 感謝の言葉を期待したわけではないが、まさか助けた相手に何をするのかと怒られるとは思わなかったレアは、眉を寄せて不機嫌になる。


「あ……、貴方がやられそうになっていたから、助けてあげたんじゃない! お礼くらい言ったらどうなのよ!」


 レアもまた精神年齢が子供と同レベルなのか、ついついその子供に言い返してしまうのであった。


「はぁ? お礼ですって? 勝手に私の訓練に手を出してきて。馬鹿なことを言わないでよ! むしろ邪魔をしてごめんなさいって謝れ!」


 エリス女王の娘であった『セレス』と同じくらいの幼女だが、


「な、な、なんですってぇ!? このクソガキ!」


 激昂したレアは小さな子供相手に得意の口で罵ると、子供は顔を赤くして言い返してきた。


「あんたこそじゃん! 私より大人の癖に私と同じくらいの身長だし! ご飯を好き嫌いしているから大きくなれないのよ!」


 レアは口を開けて呆然と子供を見ていたが、やがて子供の頭に拳骨を落とす。


「……痛いっ! 何するのよ! クソガキ!」


「あ、あ、貴方が生意気だからお仕置きしたのよぉ! し、身長の事は関係ないでしょう!?」


 レアと子供はそれから言い争いが止まらずに、森の中でぎゃーぎゃーと騒ぎ合い続けるのだった。


 そして騒ぎを聞きつけたのか、彼女の保護者らしき女性が姿を現し始める。


「リーシャ! 何をしてるの? ボアを倒したなら、早く集落に戻ってきなさい!」


 この生意気な子供は『リーシャ』というらしい。どうやらこのリーシャという魔族の保護者なのだろう。


「エイネさん! ち、違うのよ、こいつが私の試験を邪魔してきたの!」


 声を掛けてきた女性は『エイネ』というらしく、リーシャがそう言うと怪訝そうにこちらを見て声を掛けてきた。


「貴方は?」


「私はレアよぉ。森を空から眺めていたらこの子がボアに襲われていたから、助けてあげようとしたのよ」


 事実をそのまま口にすると『エイネ』は納得がいったという表情を浮かべるのだった。


「レア……さんって言ったかしら? 貴方はこの辺の魔族ではないのね?」


 レアは内心どきりとさせられる。今のやり取りで何故ばれたのかと、思いながらも頷いて見せる。


「やっぱりね。この先にある集落では、五歳になった子供は全員戦闘測定のテストを受けさせるのが決まりでしてね。その最終試験が『ボア』を倒すという決まりなのです」


 つまりこのリーシャという子供は襲われていたのではなく、最終試験とやらを受けている最中で『ボア』と戦っていたということであった。


「じょ、冗談でしょう? さっきのボアは明らかに『最上位魔族』程の力を持つ魔物だったわよねぇ? ご、五歳の子供がどうやって倒せるというのかしらぁ?」


 レアは試験の妨害をしたことによる謝罪より先に、明らかにレアを騙そうとしているとしか考えられないその話に噛みついてみせるのだった。


「どうやって倒す……とは?」


 目の前のエイネという女性の魔族は、心底不思議そうな顔を浮かべる。


「そもそもボアという魔物が、あんなに強いのが理解出来ないのだけど、目が紅くなっていたことが何か関係があるのかしら?」


 ボアという生物は『レパート』の世界にも生息するが、そこまで強い魔物ではない筈である。


 強い個体というべき種もいるかもしれないが、それでもボアという猪の魔物の平均的な戦力値は僅か2000程である。


 しかしさっきのボアの戦力値は2000どころか、


 ――自然に生まれた生物の個体ではありえない強さである。


「それは我々魔族が直接『名前付けネームド』を使って強化しているからですよ。貴方も魔族でしたら『名前付けネームド』はご存じでしょう?」


 ――と言いたげに『エイネ』という女性はそう告げてきた。


 確かにレアも『名前付けネームド』くらいは知っている。


』のに踏み入れた者が、魔物に名前をつけることで想像を絶する強さにすることが出来るモノが『|名前付け《ネームド』である。


 しかし『名前付けネームド』は、名付けを行った者の強さに比例して元々の戦力値が2000程の魔物に名前をつけたからといって、即座に一万倍も戦力値をあげることなど出来る訳がない。


 そんな事が出来るとしたら『以上の存在だけである。


 それはつまり一つの『』という事だとレアは理解する。


(も……、もしかして、この魔物に名前をつけた奴がフルーフ様を!?)


「ね、ねぇ! 貴方はあのボアに『名前付けネームド』を行った奴を知っているかしら! 知っていたら、私に教えてくれないかしらぁ!?」


 レアが豹変したかのように表情を変えて大きな声で尋ねてきたので、エイネは一歩後ずさりながら、両手の手の平をレアに向けて、落ち着いてとばかりにレアを宥め始める。


「え、えっと、レアさん、落ち着いて下さい……。あの『ボア』に名前を付けたのは私です」


「は?」


 ……

 ……

 ……

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