第314話 魔王レアと魔人族の生き残り

 見た目は幼女と言える程に若いレアだが、そのレアを睨みつけている魔人もまた幼く、レアと同年代に見える。だが、実年齢は百を超えるが人間の年齢でいえば、ようやく二桁の年を迎えるといった年齢の魔人であった。


 その子供の魔人はレアを睨みつけていたが、目聡くその魔人の視線を感じ取ったレアが魔人に近づいてくる。魔人は睨みながらも一歩、また一歩と後ずさりながらレアから離れようとした。


 ――しかしそんな逃げ腰の魔人にレアは声を掛けるのであった。


「逃げるのぉ? 同胞を殺めた私に言いたい事があるんでしょぉ?」


 レアのその言葉に臆病風に吹かれていた少年の魔人は、ぴたりと足を止めて激昂する。


「うわあああ!」


 まだまだ幼い子供の魔人だが、何とその少年は『スクアード』を纏ってレアに向かって拳を突き出してくるのであった。


「れ、レア様!」


 慌ててラルグ魔国のフィクスである『ベイド』がレアを庇おうと前に出てくるが、レアはそのベイドに対して後ろ手に制止して、もう片方の手で魔人の少年の拳を掌で受け止めた。


「どうしたのぉ? あなたの憎しみはその程度かしらぁ?」


 子供とはいえ『』であり『スクアード』を纏う少年の戦力値は、後ろで慌てている『ベイド』の戦力を越えるほどであった。


 ――しかしそれでも


 レアは少年の拳を掴み握り潰す一歩手前まで力を込める。


「ぐ……っ!!」


 力が強く耐久力もまた魔族より数倍優れている筈の魔人だが、レアが少し力を込めただけで少年の拳はメキメキと音を立てて少しずつ砕かれていく。


 しかしそれでも少年は泣き声をあげず、目に涙を溜めたまま憎き同胞の仇の顔を睨み続ける。


「へぇ?」


 レアはその様子を見て、薄く笑った後に少年の手を離す。


「!!」


 慌てて少年はレアから一歩下がる。


 そして再度『スクアード』に身を包んだまま、レアに一撃を入れようと隙を窺うように睨み続けるのだった。


「気に入ったわぁ、貴方の名前は?」


 レアの言葉が意外だったのか、少年は訝しげにレアを見る。


「私の質問には、すぐに答えなさい」


 そう言うとレアの目が金色に変わっていく。


「お、俺の名前は『ラクス』です」


 魔瞳まどうである『金色の目ゴールド・アイ』で強制的に従わされた魔人は、自分が素直に答えたことに驚きを見せた。


「貴方の名前はラクスというのねぇ? ふーむ」


 名前を確認した後にレアは何かを考え始める。


 その間もラクスと名乗った魔人はレアの支配下に置かれて、攻撃も出来ずにただ棒立ちとなっていたが、そこで何かを考えていたレアは口を開いた。


「貴方に猶予をあげるわぁ」


 レアはそう言うと、動けないラクスの近くに寄りなががらその頬を撫でる。


「……ッ……ッッ!」


 ラクスは驚いた表情を浮かべた後に、触るなとばかりに必死にレアを睨む。


 その憎悪の視線を一身に浴びたレアは、更に深い笑みを浮かべながら続きを告げる。


「私が憎ければ強くなって、私を殺してみなさぁい。もし私を殺す事が出来る程強くなれば、貴方に大陸を返してあげるわぁ」


「!!」


 喋ることは出来ないが、ラクスはその言葉を受けて! と目が告げていた。


「ええ、いいわよぉ? それまでこの大陸には魔族達を入れずにこのままにしておいてあげるわ」


 そのレアの言葉にヴェルマー大陸の主国の重鎮達は、驚いた表情を浮かべた。


 しかしレアの決定に逆らえばどうなるか分かっている彼らは、口から出かかっていた言葉を飲み込む。


「といっても、この大陸に貴方を残したままにしたところで、大して強くはなれないわよねぇ?」


 そう言うとレアは『ラクス』の首を掴みあげる。


「!?」


 首を掴まれたラクスはふわりと宙に浮き、苦しそうに片目を閉じてレアを睨む。


「貴方はこのまま私と一緒に来てもらうことにするわ。そうすればいつでも私を殺せる好機チャンスがあるでしょう?」


「!!」


 ――どこへでも連れていけ、必ずお前を後悔させてやる!


 ラクスの濁った目が、レアを捉えてそう告げていた。


 レアはそのラクスの目を見てニヤリと笑みを浮かべて首から手を離す。どさりと音を立てながら尻餅をつくが、魔人の少年はレアから視線を外さなかった。


「ベイド、聞いたわねぇ? ラクスはこのまま『ヴェルマー』に連れて帰るから、ラルグ城内にこの子の部屋を用意しなさぁい」


「しょ、承知しました!」


 こうして何の気まぐれかレアは、魔人の生き残りの少年を魔族の大陸へと連れ帰り、自分を殺そうとするラクスを強くしようと決意するのであった。

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