第283話 後悔の涙

 空を飛んでヌーを追っていたブラストだが、突然目の前を飛んで移動していたヌーが動きを止めるのだった。


「追いかけっこは終わりか?」


 そう言って『青』と『紅』の二色のオーラを纏いながら、ブラストはヌーに口を開いた。


「ああ。貴様をここまで引き離せば十分だ。後は……」


 キィイインという音と共に、ヌーの目が金色に光輝いたのだった。


 次の瞬間、レアの配下であった者達の目が虚ろになる。


 ――そしてユファと、倒れているレアを囲み始めた。


「クククク。これで大魔王ソフィは二度と『アレルバレル』の世界には戻れまい」


  何とヌーは遠くからレア達の配下達を一斉に操り出すのだった。


「今回は俺の負けという事にしといてやるが、次はお前達とソフィを殺してやるから楽しみに待っていろ」


 そう言って『概念跳躍アルム・ノーティア』を使って別世界へ向かおうとし始めたヌーに、大魔王ブラストは恐るべき速さでそれを阻止する為に動き出す。


「おいおい、俺達九大魔王から簡単に逃げられると思っていたのか?」


 ――神域魔法、『破壊の魔力マジック・デストラクション』。


 『概念跳躍アルム・ノーティア』を使おうとしていたヌーの魔力の一部に、自らの『魔法』を媒体に魔力を送り込む。


 強引にヌーの魔力にブラストの魔力が混ざり、それは不純物となり『ヌー』の『概念跳躍アルム・ノーティア』発動を強引に失敗させる。


 ブラストはあっさりとヌーの魔力に自分の魔力を混ぜ合わせたが、相手の魔力が乗った魔法が発動されるそのギリギリのタイミングをしっかりと把握出来ていなければ、この魔法の効果を成立させる事は出来ない。


 それをこうして上手く成立させられるブラストは、流石にユファと同様に『魔』に精通する稀代の大魔王と言える事だろう。


「くっ……、忌々しい!! 今は貴様の相手をしている場合ではない!」


 ヌーはそう言っている間にも遠くからぐんぐんと近づいてくる『魔神』を察知したヌーは、遂に目に見えて慌て始める。


「ほう……?」


 その様子を見てブラストはニヤリと笑う。


「この魔力は……? そうかそうか! 貴様、ソフィ様の『魔神』に追われているのか」


 これは好機チャンスとばかりにブラストは、更に攻撃を仕掛けていく。


 自らの手を下さずとも『力の魔神』がこの場に来るのであれば、確実にヌーを破壊出来ると気づいたブラストは、自身の破壊衝動よりもヌーの足止めを優先させる。


「まずいな、流石に今の魔力では対応が出来ぬか」


 ヌーがブラストの攻撃を躱しながらそう呟く。


 だがブラストもすごいが、ヌーもまた生への執着は恐ろしいものがある。


 ここまでにソフィと戦いレアやレインドリヒを相手にして、更にはこうして『九大魔王』である『ブラスト』と対峙していてもその限られていた魔力は、現在も枯渇して尽きてはいない。


 ヌーは戦う相手に合わせて消費魔力を調整して戦っている。いきなり全力で戦う必要がある相手でなければ、緻密に魔力計算をして戦う事が可能な魔族なのである。


 この強かな戦い方が強者たちが集う『』の世界において、長きにNo.2を務められた証でもあった。


 しかし流石にこのタイミングでの『九大魔王ブラスト』の出現は、ヌーにしても予想外だった。


 魔神から逃げる為に残しておいたレインドリヒの魔力。その僅かな魔力はブラストに使わされてしまった。


 ――このままでは殺されると、ヌーを以てしても思わせられる。


 それ程までに目の前の『破壊』のブラストは侮れる相手ではなかった。


 ブラストがレインドリヒや、ヴァルテン程度の強さであれば別に残された魔力でどうとでもなった。しかしブラストは様子を見ている今の状態であっても、戦力値は数十億は越えているだろう。


 ヌーはもう『金色のオーラ』を纏える程の魔力は残っていない。


 それどころか後一回の『概念跳躍アルム・ノーティア』が精々といったところだろう。


 次に魔法を強制的に『破壊』させられるようなことがあれば、魔神に追いつかれてヌーは万事休すだろう。


 ――それを踏まえた上での先程のヌーの発言なのであった。


 ……

 ……

 ……


「レア……、レア! しっかりしなさい……! レア!」


 ユファはジーヌに拘束されながらも必死に叫ぶ。


 レアは血を吐きながらも必死に声で呼びかけるユファに笑みを向ける。


「……げほげほっ! ま、巻き込んでごめんねぇっ、せんぱいユファ


 すでに魔力を枯渇させた上で生命力を賭して『凶炎エビル・フレイム』を放っていたレアは、自身に死が近づいている事を察している。


 回復する魔法を使う魔力もなく、残された生命力の状態で『真なる魔王』の領域に到達している『ジーヌ』の攻撃はレアの命を奪うに足りていた。


「はぁはぁ……、私はなんて馬鹿で……、愚かだったのかしらねぇ?」


 顔は笑っているが、レアの目から涙がぽろぽろと流れていく。


 三千年前にあれだけ苦労して『リラリオ』という世界を掌握して、見事に主の命令を完遂した事を伝えて褒めて貰おうと喜んで帰ってみればその親の姿はなく、そこにはヴァルテン達が『レパート』の世界を牛耳ろうとしていた。


 そしてそれを止めたレアに自分を拾ってくれた父親であり、主でもあるフルーフがまるで死んでいるかのような姿の映像を見せられた上で騙されて、関係のないソフィを殺させる為に利用された挙句、同胞のレインドリヒを殺されて更にはユファに迷惑をかけて、最後は同じ世界の仲間であった、


「……あ、はは……。わ、私はぁ、いったい何の為に毎日、頑張っていたのかしらぁ……」


 ――その彼女の言葉通り、彼女の人生とは一体何だったのだろうか。


 彼女は拾ってくれたフルーフの為に、必死に恩を返したいと考えていただけだったのだ。


 ――どうすれば父は喜んでくれるだろうか。


 そればかりを毎日考えていた彼女にとって、フルーフの『世界を一つ支配してきなさい』の命令は、彼女は全てを投げ打ってでも叶えなければならない命令であった。


 それを成し遂げられた後ならば、後はもう自分がどうなっても構わないとさえ考えて『リラリオ』の世界を支配した彼女は、見事に成し遂げて胸を張って『レパート』の世界へ戻ったのだ。


 たった一言『よくやった』と褒めて貰いたくて、その一言だけを彼女は心の拠り所として『リラリオ』の世界で悲しい思いを乗り越えてきたのである。


 ――しかしその結果がこれである。


 その父に褒めて貰えるどころか、たった一度も会う事も出来ぬままに彼女は死んでしまうのだ。


 レアはその事を自覚してしまい、次々と後悔とどうしようもない苛立ちがレアの心に押し寄せてくる。


 もう助からないだろうと自分で理解しているからこそ、


「く、悔しい……、憎い! 騙されていた自分が憎いわぁ!! う、ううっぐすっ、ひっく。せんぱいユファ!」


 レアは嗚咽と涙を漏らして悔しがる。彼女はその間にも内臓の損傷のせいで口から血を吐き続けていた。


 ――その様子を見ていたユファもまた涙する。


「レア! 待ってなさい! すぐに……、直ぐに私が治してあげるから! だから、死なないでよ!」


 自身もすでに魔力がない状態である。


 目の前のジーヌだけではなく、他の最上位魔族達に囲まれているこの状況でレアを治すのは、とてもではないが難しい。


 ――だが、それでもユファはレアに声を掛け続ける。


 しかし徐々にレアの声が聞き取りずらくなっていってしまう。


「フ、フルー……フ様ぁ、お、お役にたて……ず、も……うしわ……け、ありま……せんでし……た……」


 虚ろな目を浮かべたジーヌや、そのレアの配下達がユファに攻撃を仕掛けようとする。


 ――しかしそこに、青のオーラに包まれたラルフやベア、そしてラルグを守っていたラルグの軍勢が、ユファ達を助けに向かってきた。


「ユファさん! 大丈夫ですか!」


 今までは『ラルグ』付近でジーヌ達の配下と睨み合っていたが、突然レアの命令で止まっていた筈の配下達が暴れ出した為に戦闘を再開してようやく全て片付けた後、ユファ達の魔力を察知して向かってきたのであった。


 ユファにトドメを刺そうとしていたジーヌは、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて、ラルフ達に向き直って攻撃を開始する。


 そしてベアやロード達も他の魔族達と戦闘を始めたのだった。ユファは一度だけラルフと視線を合わせた後、即座に倒れているレアの元に駆け寄る。


「待ってなさい! 私の生命力を魔力に代えてでも、貴方を死なせはしないわ!!」


 そう言ってユファはもう助かる見込みが少ないレアに、決死の覚悟を以て治癒の魔法の準備をするのであった。


 ……

 ……

 ……

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