第282話 見えざる攻撃

 ヌーの『闇の閃日ダーク・アナラービ・フォス』に包まれて、レアを庇ったユファはその姿を消した。


 ユファ残してくれた『魔力障壁』によって、レアだけがその場で生き永らえるのだった。


「せ、せんぱいユファ……!」


 レアが呆然と立ち尽くしながら、自分の代わりとなった者の名前を呟く。そしてまた自分のせいでという気持ちに包まれながらレアは涙する。


(レインドリヒちゃん、ユファ先輩……)


 レパート世界の同胞にして自らの魔王としての先輩である二人の大魔王は自分を庇って死んだ。


「うっ……ああ、……うああああ……!!」


 その真実に小さな身体のレアは頭を抱える。


 ――その時、レアが居る場所より更に上空から声が聞こえた。


「クックック。ソフィ様の腰巾着だった小娘が、立派になったじゃないか」


 レアは慌てて声のする方を見上げると、何とそこには見慣れぬ男がユファを抱きかかえていた。


先輩ユファ!?」


 レアは驚きながらも男の手の中で生きていた、ユファを見て歓喜の声をあげた。


「え……? あ、あんた……、ブラスト!?」


 何とユファを窮地から救ったのはソフィを主に持ち『破壊』の異名を持つ、九大魔王の一体『ブラスト』だった。


 …………


 その頃ヴァルテンの魔力を全て奪った魔神は、ヴァルテンを消滅させていた。


「―――」


 この世界の言葉では表されなかったが、魔神が何かを呟いた後に笑みを浮かべた。そして直ぐにヌーに終焉を届ける為に、その場から飛び去っていくのだった。


 …………


「お前は『破壊』の『ブラスト』か」


 ヌーは舌打ちをしながら更には辛そうに顔を歪める。


 ソフィという化け物の配下には、が居る。


 ソフィが頂点でなければ『アレルバレル』という世界では決して手を取り合う事は、なかったであろう者達である。


 その中でも厄介な力や能力を持つ異名持ちの者達が『智謀』『処刑』、そして目の前に居る『破壊』。


 ――その全ての大魔王が『九大魔王』として、ソフィの魔王軍に君臨する者達である。


「久しぶりだな、よ」


 そう言いながらブラストは、抱きかかえていたユファをおろす。


「あ、あんた……、どうやってこの世界に来たの? アレルバレルの世界では『概念跳躍アルム・ノーティア』のことわりは、理解できない筈でしょ……?」


 ユファがそう言うと、今はそれどころではないとブラストは首を振る。


「もうお前は下のチビッ子レアを連れて去れ。俺はあいつを破壊したくて仕方がないんだ。巻き込まれたくなければ消えろ」


 そういうブラストは狂気の目を孕んでいた。どうやら本当に言葉通りの意味なのだとユファは悟る。


 ソフィを主と認めている『九大魔王』の中で、一番危険な魔王だと他の九大魔王の面々が口にするのが目の前にいる『破壊』のブラストであった。


 一度ソフィに忠誠を誓ってから、このブラストは本当の意味でソフィ以外は眼中にない。


 それこそ彼はいつでも世界を壊しても構わないと考えている程に――。


 ユファもこれ以上はこの魔王の傍にいるのは、危険だと感じた為におとなしく従う。


 そしてその場から去ろうとしたユファは、一度だけブラストに向き直り口を開く。


「助けてくれてありがとね? ブラスト……」


 そして照れた顔を浮かべながらユファは、レアの元へ向かうのだった。


 …………


 ユファが生きていてくれて自分の元へ向かってくる。それだけで――。


せんぱいユファ!!」


 慌ててレアもまたユファに向かって飛んでいく。そしてレアはユファに抱き着いて再び涙を流すのだった。


「助けてくれてありがとねぇ! 本当にごめんねぇっ!」


 レアはユファに感謝と謝罪を述べる。


「お、驚いたわね。あ、あんたえらく素直になったじゃない?」


 レアの頭を撫でながら驚いた表情を浮かべるユファだった。


 ソフィはもう敵ではないと完全に信じたレアにとって、ユファは大切なレパートの世界の同胞である。


 ――その事に気づくにはあまりにも、あまりにも遅すぎてしまったが。


 ……

 ……

 ……


 大魔王ヌーの魔力は残り少ない。


 先程のレインドリヒのように目の前の『破壊』から魔力を奪う事が出来ればとヌーは考えるが『破壊』や『智謀』のような強者を相手に流石にそれは難しいだろうと思い直す。


 それにこちらに向かってきているあの魔神の存在もある。すでにヴァルテンの魔力は感じられない。どうやら奴に葬られたのだろう。


 ユファとかいう小娘の抹殺は、諦めなければならないだろう。


 ――


 ヌーはそこまで考えた後、大きく『破壊』から距離を取り始める。


「おいおい、逃げるつもりか? 過去の事とは言ってもソフィ様に次いでNo.2と呼ばれたお前が、臆病になったものだな」


 ブラストは煽るようにヌーに言い放つが、距離を取りながらもヌーは反論する。


「クククク、どうとでも言いやがれ。今は確実にあの化け物の移動手段を潰す必要がある」


 …………


 ブラストに命じられたユファは、抱き着いているレアに優しく言葉をかける。


「ひとまず、レイズ魔国に向かいましょう? ここから離れる事が重要だわ」


 ユファにそう言われたレアは大きく頷いた。


 ――そこへレアの配下の『ジーヌ』が近づいてきた。


 ラルグの塔への攻撃を制止させたまま、ずっと事の成り行きを見守っていたレアの配下である。


「おお、レア様! ご無事でよかった!」


 他の配下達もジーヌの後を追ってレアの元へと向かってくる。


「ジーヌ! ええ、貴方達も私達についてきなさい? ご苦労様! 戦争はもう終わりよぉ」


 嬉しそうに部下を労うレアの言葉を受けた配下達は頷きを見せる。


「そうですか。いやはやこんな結果になるとは思いもしませんでしたが、レア様が無事で何よりですよ」


 そして空を飛んでいたユファ達は、ゆっくりと地上へ降りる。


 魔力を失いユファもフラフラだった為、地上へ降りた時に少し体勢を崩すがそれを見たレアが慌ててユファを支えるのだった。


「ちょっとぉ、せんぱい? 大丈夫なのかしらぁ?」


「ええ……、少し眩暈がしただけだから。大丈夫よ」


 そう言った後にユファは礼を言おうとレアの方を見た。しかしそこでユファは驚愕に目を丸くする――。


 ――


 身体の肉が貫かれる嫌な音がユファの耳に届いた。


「え?」


 自分を支えてくれているレアの心臓から、魔族の手が突き出ていた。


「か、かふっ……」


 口から血を吐き出してユファを支えていたレアは、その手をユファから離してゆっくりとその場で倒れた。


「れ……、レア!?」


 レアを手にかけたその魔族の手は――。


 ――レアの側近である筈ののモノであった。


 ……

 ……

 ……

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