第224話 大魔王の魔神域魔法
「お、お前達、早くこの場から離れろっ!」
キーリは同胞の龍達にそう告げると、直ぐにユファを倒した形態『龍化』を始める。
目の前で詠唱をしている存在が、キーリ程の存在であっても焦りを感じる程の魔力だった為である。
突然の事だったが、信頼する龍族の始祖であるキーリの言葉に直ぐに龍達は行動を開始する。総勢四千近い龍族達が大空へ大きな龍へと変身して散らばり始めるのだった。
キーリの命令もその命令に従う龍族達も迅速な行動ではあったが――。
――だが、それでも遅かった。
「我の仲間を襲い傷つけた者を他でもない、
「『数多の神々を従える魔神よ、汝の全てを今ここに欲す。転覆の力を我は望む、契約者たる大魔王の言葉に応じよ、我が名はソフィ』」。
ソフィが魔法を詠唱した瞬間、空間に歪みが出来る。
――大魔王ソフィの放った最強の魔法の詠唱に応じる為に『力の魔神』はその姿を現世に体現させる。
絶世の美女と呼べるほどの見目麗しい女神、しかしてその正体は『魔神』である。この世界でのソフィからの召喚は二度目となる。
――光は闇に、天は地に、森羅万象の流転。
変遷する世界、それは止めようのない移ろいを示す。
――魔神域魔法、『
「な、何だ? 視界が……っ!」
キーリだけではなく大空を散らばるように飛んで逃げていった龍族達が、一斉に視界が閉ざされて自分の身体ではないかのように逆さを向いて行く。
――瞬間。
空を飛んでいた龍族達が地面に急落下していき、地面に激突して動かなくなった。
『
目を開けようとすれば逆に閉じられて、歩こうとすれば足は止まる。
空を飛ぼうとすれば自ら地面へと向かうことになり、そして酸素を吸引しようとすれば息を吐いてしまい吸えない。
普段当たり前のように呼吸をしている生物にとっては、当たり前のことが急にできなくなると、パニック症状を引き起こす。
たとえ十分な知識があったとしても、実際に経験が伴っていなければ、冷静な対処を行う事は不可能に近い――。
地面に叩きつけられた龍族達は呼吸困難に陥りながら、死が迫っている者もいた。
このソフィの放った魔神域の魔法『
何故ならこの魔法は対象が個人ではなく、
神に近しい存在とはいっても所詮龍族はあくまでも地上の存在。
神格を持っているワケでもない、神々の使徒と呼べる存在では神々の領域、魔神領域に匹敵する程のソフィのこの魔法を防ぐ事など当然不可能なのである。
しかしそれでもこの魔法のメカニズムに気が付けば、呼吸をする事は難しくはない。
普段通りに自然に出来ているように酸素を吸って二酸化炭素を吐く。
このメカニズムを一時的にでも冷静に落ち着いて反転させる事で魔法の影響時間内を過ごす事が出来れば、呼吸できなくて死ぬという事は回避をする事が可能となるだろう。
だが、見たことも聞いた事もない魔法を突如その身に受けて、命の危機に面した時に即座に看破出来る生物がどれほどいるだろうか?
「これでもう逃げる事は出来ない……」
ソフィの放った魔神域の魔法『
始祖龍キーリだけはようやくソフィの『
「ほう……? もう動けるのか、なかなかやるではないか」
「くっ……! ふざけた魔法を使いやがって! 今お前に全て返してやる!」
キーリは反転された世界の中で『
ソフィの世界に直接干渉する『転覆』に神格を持たないキーリには抗う事は出来ないが、キーリの身体自身に影響を及ぼした後であれば話は変わってくる。
そして『
「ほう? 面白い術ではないか」
――神域『時』魔法、『
『
そして地面で苦しんでいる同胞を見たキーリが、怒りに支配されながらソフィに突っ込んでいく。
キーリの纏うオーラは二色。戦力値10億を越えるキーリの『龍化』、その圧倒的な攻撃力を以てソフィを粉砕しようとする。
しかしキーリの高速で放たれた拳は、あっさりとソフィに掴まれる。
「クックック!
そしてそのキーリの拳を握り潰す。メキメキという骨の砕ける音が周囲に響き渡る。
「ぐあああっっ!!」
そしてソフィはその右手を強引に引っ張ると、キーリの肩口から腕が引き千切れる。
「ぁっ……!!」
声にならない声をあげながらキーリは痛みに顔を歪める。
その表情を見て『力の魔神』は、あまりの愉悦に恍惚な表情を浮かべる。
ソフィは手に持つキーリの右手を『
「さてユファ達はどこだ? さっさと場所を言え」
ソフィは苛立ち混じりにキーリに言葉を投げかける。激しい痛みを味わいながらも、キーリは小さく笑みを浮かべた。
「くぅ……っ! へっ、ば、馬鹿が! くたばりやがれ!!」
その言葉をキーリが発した瞬間に『力の魔神』は浮かべていた笑みをピタリと止めた……。
そして一瞬で距離を詰めたと同時にキーリの首を掴む。
「――――!」(神格も持たぬ
憤怒の表情を浮かべた魔神が、首を掴む手に力を加え始める。
「ぎっっ……、ぁっ……!!」
キーリは少しずつ抵抗する力が弱まっていき――。
「その辺でやめよ」
ソフィの言葉が放たれた瞬間『力の魔神』は即座に手を離す。
ふらつきながらやがて空から落ちていく。ソフィはそんなキーリに手を翳した後、ゆっくりと人差し指をあげる。
空から落下していたキーリは、ソフィの目の高さまで再び上げられた。
「喋らぬと言うのであれば仕方ないな。お主の自我を根本から破壊して強引に喋ってもらうとするか。二度と意識は戻らぬだろうが、お主がユファ達の場所を喋らぬというのだから仕方あるまい?」
……
……
……
「こ、これは予想以上……!」
遠くからキーリの状況を見ていた『魔王』レアはこれでもまだソフィが全く本気で戦っているようには見えず、このままだとキーリが無駄死にしてしまうだけだと悟ってしまう。
『魔王』レアにしてみればこの世界で最強であった龍族、その始祖であるキーリをぶつければ、ある程度ソフィの力を理解できると思っていた。
しかしそのキーリでさえこの扱いになるのであれば、
「最早、仕方がないわね……」
レアは溜息を吐いて、その場から転移を行うのであった。
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