第220話 始祖龍の龍滅

「お前は確実に殺す! これ以上厄介者を増やしてなるものか!」


 そう言うと人型に戻ったキーリは『二色のオーラ』を右手に集約し始める。淡く紅いオーラで増幅された力を更に淡く青いオーラで増幅させているのである。


 そして集約しきったそのエネルギーの塊をユファを抱くシスと同時に吹き飛ばすつもりで、彼女の渾身の必殺技というべき一撃を放つのであった。


 ――『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』。


 先程のユファの放った『天空の雷フードル・シエル』よりも速く、全てを呑み込む程の高エネルギーの集約体がシスたちに迫る。


 ユファは何とか『次元防壁ディメンション・アンミナ』を使おうと魔力を込めるが、全く発動する気配がない。魔力の枯渇状態の所為せいであった。


「だ……、だめだ……! もう私には何も残っていない……」


 せめて迫りくるキーリの『龍滅』からシスを守ろうと、抱き抱えられている状態からユファはシスに覆いかぶさる。


 そして『龍滅』に飲み込まれるまさにその時であった――。


 ――ドクンッ!


 そしてシスは虚ろな目から金色に変わる。盾になろうとしていたユファには、近くにあるシスの表情が確かに見えた。


 ――そのシスの表情は、


 そしてシスの周囲に鮮明で鮮やかな『青』のオーラが体現されたかと思うと、ユファの知るシスではない存在内に眠る大魔王は、口元でぼそりと唇を動かして詠唱を開始する。


 ――神域『時』魔法『次元防壁ディメンション・アンミナ』。


 シスの周囲が先程のユファの『魔法』発動を行った時と同様に歪曲していき、迫りくるキーリの『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』はシスの翳した手の先、光の束に包まれたかと思うとそのまま違う次元へと消し去った。


「し、シス!? あんたまさか……っ!」


「ああ? なんだあれは!」


 一番驚いているのはユファではなく『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』を放ったキーリであった。


 始祖龍キーリのこの形態の『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』は戦力値が4億を越える『大魔王』階級クラスであっても容易に飲み込む程の魔力が込められている。


 それをシスが目の前で消し去ったのである。


 しかし『次元防壁ディメンション・アンミナ』は『大魔王』階級クラスが膨大な魔力を消費して、ようやく扱える『時魔法タイム・マジック』である。


 ユファが先程使ったのを見ただけで即座に扱える才能センスは大したものだったが『真なる魔王』階級クラスで何度も使える程『時魔法タイム・マジック』は甘い魔法ではない。


 そのままシスは魔力切れを起こしてしまい意識を失ってしまうのだった。


「シス! しっかりしなさい!」


 キーリは意識を失って崩れ落ちた魔族シスの姿を見て笑みを浮かべる。


「どうやら、最後の抵抗だったようだな? 次はないぞ」


 そう言うとキーリは再び『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』を放つ為に天に右手を翳し始めた。


 ……

 ……

 ……


「ソフィ……?」


 レヴトンとゲバドン達に冒険者ギルドの説明を行っていたソフィ達だったが、遠く離れたキーリの『龍滅ドラゴンヴァニッシュ』の力の余波を感じ取ったソフィは、話の最中で唐突に黙り込んだのだった。


 その様子に隣にいるエルザが心配してソフィに声をかけた。


「エルザよ、少し我はレイズに戻るが後を頼めるか?」


「なっ……! ど、どうしたと言うのだ? 何故突然そんな事を……?」


 レヴトン達も唐突なソフィの発言に顔を見合わせるが、何か事情があるのだとは思っても会議の最中に失礼だと糾弾するような真似は出来ない。


 すでに自分達ではこの目の前の少年にだという事を理解している為である。


「すまぬな。少し急ぐのでここを破壊させてもらうぞ!」


 唐突にソフィが立ち上がり塔の踊り場まで移動したかと思うと、急にそう告げたかと思えば『ラルグ』の塔の壁の一部を蹴り飛ばすのであった。


 物理を防ぐ『結界』が施されている頑丈な壁は、ソフィの蹴りの一撃でそのまま吹き飛んで行った。そしてそこからソフィは顔を出したかと思うと、一つの『魔法』を発動させる。


 ――『高等移動呪文アポイント』。


 そのまま移動呪文を発動させたソフィは、感知した魔力を頼りに『キーリ』達の元へ向かっていった。


「……」

「……」

「……」


 突然の出来事にエルザ達は互いに顔を見合わせる。そしてその場をある程度の時間、沈黙が包み込むのであった。


 …………


 そしてベアに陰ながら護衛をするように頼まれていた『ロード』達も、猛スピードで戻っていくソフィを見た後に、どうするかと配下達同士で顔を見合わせていた。


 ……

 ……

 ……


 意識を失ったシスを守るようにユファは前に出る。


「さて、どうすればいいかしらね」


 ユファの周りに集まる者達の姿があった。


 それは『ロード』の者達や『ベア』に『ラルフ』であった。


「私達では弾除け程度の役割も出来ないでしょうが、貴方を一人見殺しにはしませんよ」


 そう言ってラルフは、自らを鍛えてくれた師匠を守るように立つ。


「馬鹿ね。私が貴方たちを死なせるわけがないでしょう?」


 残り少ない魔力でユファは再び『淡く紅い』オーラを纏い始めた。


 もう彼女も『二色の併用』も『青いオーラ』も使用する魔力は残されていないのであった。


 エネルギーの充填を終えたキーリは笑みを浮かべながら『龍滅ドラゴン・ヴァニッシュ』をユファに向けて放つのだった。


「はああっ!」


 ユファは最後の力を振り絞り『シス』や『ラルフ』に『ベア』、そして『シティアス』全域を守るように


「『絶対防御アブソリ・デファンス』!!」


 凄まじい程の爆音と共に衝撃が『シティアス』全域を巻き込んでいく。


「終わったか……」


 流石のキーリも大幅に魔力を費やしたのか、肩で息をしながら地上を見下ろす。


 ユファの『絶対防御アブソリ・デファンス』により、シティアスやレイズ城は無傷であった。そしてその場にいる多くの者が、気を失いながらも生存を果たしていた。


「はぁっはぁっはぁっ……!」


 この場に居る者の中で、唯一ゆいいつユファだけが意識をしっかりと持って、上空にいるキーリを睨んでいた。


 その様子を見たキーリは、ゆっくりと地上へと降りてくる。


 意識が朦朧としながらもまだ戦おうとする意志を見せたユファに始祖龍キーリは声を掛けた。


「ここまで頑張ったお前に素晴らしい好機チャンスをやろう」


「何かしら……?」


 何とか意識を保ちながらユファは、キーリの話に返事をする。


「お前とそこの倒れている魔王。お前達二人が大人しく俺についてくるというのなら、他の奴らは生かしておいてやってもいいぞ」


 最初にこの場に現れた時の十歳程の見た目のその幼女キーリは、腕を組みながらそう言い放った。


「断ったら?」


 笑みを浮かべながらキーリは宣告する。


「決まっているだろう? 当然皆殺しだよ」


「分かったわ……」


 キーリの言葉への返答は考える余地もないユファであった。


 ユファはその言葉を最後に意識を失い、倒れそうになるところをキーリに支えられた。


「ひとまず、これで契約は完了したぞレア」


 誰も聞く相手の居なくなった場でキーリは独り言ちた後、龍の姿になって二人を鋭利な爪が見える手で掴みながら『ターティス』大陸へ向けて飛んで行くのだった。

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