第216話 激突、三体の龍族2

 キーリは腕を組んで空から地面を見下ろす。確実に仕留めたと思った魔王が、もう一人の魔王によって生存を許してしまった。


 自分の側近達が二体とも生命反応が小さくなっているのを感じたキーリだが、どうやらあの魔王が原因だと気づいた彼女は、これまでのような余裕の表情を崩し始めるのだった。


「どうやらレアの言う通り、こいつは確実に仕留めないとやばいかもな」


 今まで遊んでいた自分も悪いが、あのレアがは確かに持っているのだろう。


 力を試すのはこの辺までで良いだろうと、キーリは組んでいた腕を静かに下した。


 …………


「くそ! あの魔族の女め……! ぶち殺してやる!」


 『天空の雷フードル・シエル』によって体を焼かれていた若き龍『レキオン』は、苛立ちを隠そうともせずにユファを睨みつけてそう言った。


(レキオン! 下にいるディラルクを回収してこい)


 そこへ始祖龍キーリから『念話テレパシー』で内容を伝えられる。


「何だって? そんなのは後回しだ! アイツを!」


 悪態を吐きながらキーリの言葉を無視して、ユファに攻撃をしようとしたレキオンだったが、上空にいるキーリから恐ろしい程の威圧が伝わり上を見上げる。


 ――瞬間、キーリを纏っていた緑色のオーラが激しく明滅し始めた。


(……レキオン、さっさとしろよ)


(ぎょ、御意!)


 最強の龍族その始祖である『キーリ』が、龍型に変化して戦闘態勢に入ろうとしている。それはすなわち始祖龍が本気で戦うということである。


 若くして戦力値が三億に近いレキオンだったが、キーリが本来の姿になるのであれば自分が出る幕はなくなったとレキオンは悟る。


 命令通りに地面で犬のような魔物達に、喰われ続けている同胞を助けに向かうのだった。


 始祖龍キーリは力を増幅させる。真っ白い体をした大きな大きな龍がゆっくりと大空に体現した。


「ギャオオッ!!」


 キーリが本来の龍の姿で鳴き声をあげると『シティアス』にいる者達は慌てて耳を塞ぐ。聞くものに不安と恐怖を与える恐ろしい程までの鳴き声であった。


「シス、あ、あれはまずいわね」


 ユファの手の中で抱かれているシスもまた上空を見上げながら、震える身体を止めることが出来ない。


 魔族の頂点とも呼ぶべき『魔王』へと昇華しているシスとユファであったが、始祖龍キーリの本来の姿は彼女らであっても衝撃を受ける程に威圧感を放っていた。


 【種族:龍族 名前:キーリ(龍形態) 年齢:???

 魔力値:3500万 戦力値:6億7800万 所属:ターティス大陸】。


 遡る頃三千年前『大魔王』の領域に立った『リラリオ』の原初の魔王と呼ばれているレアを以てして、滅ぼす事を諦めて大陸ごと封印という方法をとったその要因。


 ――そしてその原因が再び『リラリオ』でその姿を示したのである。


「龍族なんてどの世界でもなかなかお目にかからない物だけど、龍って皆ああなのかしら?」


 体長が数十メートルに及ぶほど長く、真っ白の体に鋭利な牙を携えた始祖龍キーリが本来の姿で大空を飛び回っている。


 何より恐ろしいのは見た目の迫力よりも、力を測れる者に対する戦力値の暴力である。


 魔族から昇華した『魔王』。その更に研鑽を積み上げた者たちが到達する領域、その『魔王』を『真なる魔王』と呼ぶがその魔王でさえ、戦力値四億を越える事はまずありえない。


 そして数多ある『世界』でその先へと踏み込めた魔族を『大魔王』と呼ぶ。


 ユファは『災厄の大魔法使い』という異名を持つ『大魔王』である。そんな彼女の純粋な戦力値でさえ4億と2000万程である。


 そして契約の紋章を所持するユファの現在の最大戦力値は6億。


 『大魔王』と呼べる戦力値にしてはそこそこではあるが、この領域に達している以上はどこのでも誰とでも対等以上に戦える魔族と言える。


 そんな彼女であっても目の前の神に近いと言われる種族、その始祖であるキーリには畏怖を覚えた。そして大空を飛び回っていたキーリだが、やがてその場で声をあげる。


「――!!」


 次の瞬間にユファ達は『ヴェルマー』大陸全域が揺れ動くような錯覚を覚える。それ程の重圧が、キーリの声には籠もっていた。


 そして次の瞬間、キーリの口から炎が吐かれる。


 ――『龍ノ息吹ドラゴン・アニマ』。


 はるか上空から放たれた炎だが、勢いを徐々に増しながらユファ達に迫ってくる。


「障壁……、結界……! いや、これはダメね……。シス、ちょっとごめんね!」


 手で抱えていたシスを真横に放り投げて、全魔力を注ぐつもりで詠唱を開始する。


 ――神域『時』魔法、『次元防壁ディメンション・アンミナ』。


 ユファの目が金色になり左右どちらの手も金色に輝く。


 そして徐々にユファの周囲に『時魔法タイム・マジック』がその効果を見せ始める。


 『ユファ』に『シス』、そしてその周りにいる配下達や『シティアス』から『レイズ』城に至るまで全てが歪曲していく。


「す、凄い……!」


 地面に放り投げられたシスだったが、ユファの恐ろしい魔力を感じながら姿が朧げになっている自身の手や体を見る。


 ユファに向けられて放たれたキーリの炎は、ユファの魔法を媒介にしてへと飛ばされていく。


 数秒に渡りキーリの炎は吐き続けられて、その間にもユファの魔法は続く。


「く……っ! 流石に魔力の消費が激しい!!」


 どのような攻撃でさえも『次元防壁ディメンション・アンミナ』で防ぐ事は出来るが、吐き続けられる炎を延々と守り続けるには、当然の如く費用対効果の問題が生じる。


 ユファ程の大魔法使いであっても『次元防壁ディメンション・アンミナ』をずっと使い続けるには魔力が足りない。


 それに対して自身の口から炎を吐いているだけに過ぎないキーリは、ユファとは違って特に何も消費がないといえた。


 そのキーリの元へ人型に戻っていた『ディラルク』を背負いながら『レキオン』が姿を見せた。


「始祖様、こちらは回収しましたよ」


 普段の呼び方ではなく、どうやらこの姿の時のキーリを敬っている彼は、キーリの事を始祖様と呼ぶのだった。


 その報告を受けたキーリは、炎を吐くのをやめる。


「そうか、よし分かった。一旦お前らは『ターティス』へ戻れ。俺が戻るまでに他の奴らに出撃準備をさせておけよ」


「ハッ!」


 レキオンは小気味よい返事をしながら、大空を龍の姿になり戻っていった。


 …………


「はぁっ、はぁっ……。し、シス? 後を……、頼むわね?」


「え?」


 突然振り返りながらそう告げるユファに、嫌な予感がよぎるシス。


「私がやられたら、直ぐにソフィ様にこいつらの事を伝えて!」


 そう言ってユファはキーリの居る上空へと、物凄い速度で飛び上がる。


 すでにキーリの炎から他の者やレイズ魔国を守る為に、彼女が持つ魔力の多くを消費させられている。ここからはを削りながらの戦いになるのであった。


 それもキーリのような規格外の化け物と戦う以上、ユファは死を覚悟して戦う他はないだろう。


 そして今のユファには『代替身体だいたいしんたい』がない。


 ヴェルトマーの身体は『シュライダー』という魔族に八つ裂きにされてもう使い物にならない。


 そもそもユファは先日まで『ヴェルトマー』の身体であった為に、本来の身体に戻ったとはいってもまだこの身体の『魔力』自体に馴染んでおらず、その上に『レインドリヒ』との戦いで多くの消耗を行わされたこの身体は、には程遠いのである。


 そんな状態で他の身体など用意する暇などなく、ユファは背水の陣でキーリに挑むのだった。


 大空を泳ぐように長い長い体を動かしながら、キーリは近寄ってくるユファを見て嗤う。


「お前は俺の同胞の龍。更に言えば側近二体を相手に、あそこまで戦えていたんだ。弱い訳がないな」


 突然高い評価を受けたユファはくすりと笑う。


「ふふ。まだまだ驚くのはこれからよ?」


 自身満々にそういうユファにキーリは、更なる興味を持つのだった。


「へぇ? 言うじゃねーか。殺す前にお前の名前を聞いておこうか?」


 少しの静寂の後にユファは口を開いた。


「私は大魔王ソフィ様の忠実なる配下の一人にして『九大魔王』の『ユファ・フィクス』よ!」


 ユファの身体から『淡く青い』オーラと『淡く紅い』オーラが、絡み合うように纏わり始めるのだった。


 その二色のオーラを纏うユファを見たキーリは、との戦闘時の『魔王』レアの形態を思い出すに至るのであった。


 ……

 ……

 ……


 その頃『魔王』レアは別世界での用事を終わらせて、再び『リラリオ』の世界へ転移してきていた。


「もうもう! キーリちゃん、もう! 戦う相手を間違っているわよぉ! 一体何をしているのよぉ!!」


 遠く離れた場所『漏出サーチ』でキーリとユファの激突を知り、トホホと情けない声を出しながら溜息を吐くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る