第187話 冒険者ギルドの旗印

 ソフィが首都シティアスの出口に訪れると、寝そべっていたベアや他の配下達が集まってきた。


「お主ら待たせてすまなかったな」


「おかえりなさい! ソフィ様」


 ベアが頭を下げると配下全員がその場で跪いた。


「これまでに何か変わった事はなかったか?」


「それが……」


 ベアはラルグ魔国軍の偵察が来た事を伝えた。


 ソフィは静かに頷きながらベアの話に耳を傾ける。


「それで我達がラルグ魔国の者達を滅ぼした事は伝えていないのか?」


「はい、申し訳ありません。下手に伝えるよりは、その場で追い返した方が良いかと判断しました」


 ソフィはベアの言葉を聞きながら、それならばそれで良いと頷いた。


であれば、お主らでだけでも問題はないだろうが、次に奴らが来た時は一応我に『念話テレパシー』を送って知らせるのだ」


「分かりました」


「我は一度ミールガルドへ戻り、ディラックに冒険者ギルドの設立が上手くいった事を伝えに行こうと思うが、お主達は引き続きここを守っていてくれるか?」


 ソフィが周りの配下達を見回してそう言うと、ベアやサーベル達は頷いた。


 そして話終えたソフィはそのままラルフの方を一瞥するとラルフも頷きを見せた。


 それが合図となってソフィは『高等移動呪文アポイント』を唱え始めるのだった。


「お気をつけて!」


 ベアの言葉を背中に受けたソフィとラルフは、魔法で『ミールガルド』大陸へ飛んでいくのだった。


 ……

 ……

 ……


 ミールガルド大陸にある『グラン』の町のギルドに到着したソフィ達は、いつものように冒険者ギルドの窓口へ向かいディラックに会わせてもらうように頼んだ。


 受付のお姉さんはソフィに笑みを浮かべた後に、いつものようにディラックを呼びに行く。


 そしてほんの僅かな時間で直ぐにディラックが奥から出てきた。


 どうやらソフィ達の報告を今か今かと待っていたのだろう。


「やあ君たちすまないな。ささ、どうぞ中へ入ってくれ!」


 どうやらソフィをギルド内に置いておくとまた他の冒険者に囲まれると思ったのかディラックは、慌ててソフィをギルド長の部屋へと案内するのだった。


 ディラックの部屋に入るとソフィ達は、直ぐに椅子に座るように促される。


 ソフィは長いソファーの中心に座り、その後ろにラルフが守るように立った。


 ギルドの職員が三人分のお茶を運んだ後に、部屋を出て行くのを待ってから、ディラックは口を開いた。


「それでソフィ君。今回ここに来たのは『ヴェルマー』支部のギルド設立の件なのだろう?」


 すぐに本題を切り出してきたディラックに、ソフィは頷きを入れる。


「うむその通りだ。当初の予定通り『レイズ』魔国の首都である『シティアス』という町で冒険者ギルドを設立する事にした。我の配下の魔族の者が元々その国の出身だったのでな」


「おお! そうかそうか! よくやってくれたぞソフィ君」


 仕事が早いソフィを見て、満足気にディラックは何度も頷いて見せた。


「ひとまず素材集めやらアイテムの収集等より、ラルグの魔族達に壊された場所の復興を優先させたいと思っているのだが構わぬか?」


 ギルドを設立したからといって、直ぐにこの大陸にあるような通常の冒険者ギルドのようには出来ない。


 今ヴェルマー大陸では戦争の爪痕が色濃く残っている上に、まだまだラルグ魔国の残党達が睨みを利かしている。


 ベア達からもすでに報告があったが、シティアス付近でもその残党が確認出来たらしい。


 ひとまずはこの状況を一度綺麗に再構築しなおさなければ、当然の如く冒険者ギルドの運営は出来ないであろう。


「そうだな、すんなり行く問題ではないだろう。しかし我々も出来る限りの協力はさせてもらうつもりだ。ひとまず『ヴェルマー』大陸にあるレイズ魔国の首都『シティアス』だったか? その町のギルド長を決めたいと思うのだがどうだろう……?」


 そこでディラックはソフィとラルフを交互に見る。


「我々『ミールガルド』大陸と『ヴェルマー』大陸では常識が違うだろう? こちらからギルド長となる者を派遣しても意見の食い違い等で、簡単に上手く行くとは思えない」


 確かに魔族しかいない大陸で、立地に詳しくもない人間が組織の上にたっても置物のような扱いになるのは目に見えていた。


「そこでこちらからギルドの説明ができる者を派遣するので、そちらの大陸から冒険者ギルドのギルド長を決めてもらえないだろうか」


 ディラックの言葉はとても理にかなっている。


「そうだな、それがいいと我も思う。それと出来るだけ頭の固く無い人間が望ましい」


 規則に縛られた組織の人間よりは、柔軟に物事にあたれる者のほうが当然上手くいくだろうとソフィは考える。


「ああ分かっている。その点は任せておいてくれ。ああそれとこれも伝えておかねば」


 ディラックは咳払いを一つした後に口を開いた。


「ヴェルマー大陸の冒険者ギルドの運営費の事なのだが、『ヴェルマー』支部でやっていけるまでは、が代わりに出してくれる事になったのだ」


「何? ルードリヒ王国が?」


 ソフィが驚いた表情でディラックを見る。


「どうやらヘルサス伯爵から、ルードリヒの王国へと打診があったらしくてな。ルードリヒ国王は今回の戦争を省みて随分とソフィ君達を買っているようだ」


 ソフィは複雑そうな表情を浮かべた。


(ルードリヒの国王とは面識がない以上は、あまり大きな貸しを作るのは得策ではないのだがな)


「そうか。まぁ……、今は有難く受け取っておくとしよう」


(門出の時期に船を座礁させることもあるまい)


「それで予算はどれくらいになる?」


「ひとまずレイズの町の規模と、建物の修理などを計算に入れないと分からないな」


「ああ。建物なら問題はないぞ。元々の建物を覚えているユファならば、修復も魔法で可能だ」


「は?」


 ディラックはソフィが言っている意味が分からなかった。


「我らの魔法は元の形を覚えていれば再現出来る魔法が使えるのだ」


 ディラックは信じられないようなソフィの言葉に目を丸くして驚いた。


「な、なるほど。それは確かにだな」


 やれやれとディラックは両手を挙げながら、苦笑いを浮かべる。


「予算などの問題なのだが、ひとまずライセンスの取得の問題や規則など、色々と変えたいと思うのだがそれは可能か?」


 ディラックは当然可能だと頷いて見せた。


「その辺はそちらのギルド長と決めてもらって構わん。あまり度が過ぎるとこちらも困るが、最終的にギルド全体で会議をして、問題がなさそうであれば大丈夫だ」


 ソフィは安心したとばかりに大きく頷いた。


「しかしソフィ君とラルフ君もここグランの町の冒険者ギルドから『レイズ』魔国の新ギルド所属になるのだろう?」


「まぁ、当然そうなるだろうな」


 ディラックは惜しいという顔を隠そうともせずにソフィ達を見るのだった。


「せっかく君たちのおかげでここグランの町の冒険者ギルドも、それなりに大きくなってきたところだったのだがな」


 大会や戦争を通して、の名が、ミールガルド大陸中にとどろき渡っていた。


 そしてそのソフィが所属する『グラン』の町の冒険者ギルドは一躍有名となり、今では多くの冒険者が転属している程であった。


「それは諦めてもらうしかあるまいな。それにここにはあの『ニーア』もいるではないか」


 あれからニーアがどれ程成長しているかは分からないが、ニーアならば大丈夫だろうと判断出来る程にはソフィも信頼を寄せていた。


「確かに……! ニーア君もまたもうすぐ勲章ランクAに上がれるというところまできているぞ? どうやら対抗戦での『ニビシア』のギルドとの一件で彼は目覚めたようだ」


 ソフィは嬉しそうに頷きを見せた。


 あれ程努力を怠らない人間が本気になって訓練に取り組むのだから、強くならないわけがないとソフィは確信を持つのだった。


「では我らが規則などを纏めたらまた、ここに持ってくればよいか?」


「ああ、うむ。宜しく頼むぞソフィ君……。しかしあれだな、なかなか面白い規則になりそうだな」


 ディラックはそう言うと大きな旗を渡してきた。ソフィの体格では不格好になる為に、代わりにラルフが受け取る。


「何だこれは?」


「その旗は冒険者ギルドの証となる勲章旗だ。それを今度出来る『レイズ』の冒険者ギルドに飾って欲しい」


 ソフィは頷きを見せながらラルフに広げさせて、その旗をじっくりと観察するのだった。


「……ほう? これは鷹か?」


 旗に描かれているのは姿が描かれていた。


「大空を目指して高く飛ぶ鷹を冒険者へと準えている絵だな」


 ソフィはそのギルド旗の魅力に取りつかれるかの如く、熱視線を送り続けている。


 どうやら


「これは……。大変素晴らしい物だな!」


 ラルフは主の様子にとても満足気に頷くのだった。


(これは是非大切に保管するように、ギルド長になる者にも伝えなくてはなりませんね)


 ――こうしてヴェルマー大陸に、が誕生するのだった。

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