第168話 それぞれの思い

 ターティス大陸で『魔王』と『龍族の始祖』が契約を交わしている頃、レルバノンの屋敷ではユファがようやく落ち着いたようで、シス達やレルバノンが戻ってきた。


  そしてそこでレルバノンもユファが『ヴェルトマー』だと説明をされた事で互いに驚きの表情を見せていた。


「全く、ソフィ君は次から次に驚かせてくれますね。ところですよ」


 ソフィはそんな事を言われても自分の所為ではないのだから、仕方がないとばかりに眉を寄せるのだった。


「私こそ本当にびっくりしたわよ。まさかと、ソフィ様が知り合いだなんてね」


 ユファは溜息を吐いてそういった。


「ヴェルトマーさん、いや……、ユファさんと言ったほうが良いのでしょうか」


「そうね……。シスにはヴェルって呼んで欲しいところだけど。本当の私の名前はユファだからね、ユファと呼んで頂戴?」


 レルバノンはコクリと頷いた。


「ではユファさん……。ラルグ魔国の『フィクス』であった頃の私の数々の無礼お許しください」


 そういってレルバノンはユファに頭を下げた。


 その場にいるほとんどの者が、きょとんとした表情を浮かべた。


「……何を言っているのよ、それはお互い様じゃない」


 そう言ってユファは、柔らかい笑みを浮かべてレルバノンに微笑んだ。


 三千年近く前に『シス』に魔法を教えて欲しいと請われたユファが、まだ王女であったシスの為にこの世界の『レイズ』魔国の軍である『魔法部隊』に入隊した。


 しかしそれはあくまでシスに魔法を教えるために軍に入り込んだだけであって、その時はまだ『レイズ』魔国を守ろうという意思は一切なかった。


 しかしこの目の前に居るレルバノンによって、レイズ魔国は侵略されて滅ぼされそうになったしまい、その時に開かれた軍議の最中での一幕で、シスの泣きそうな目を見たユファは重い腰を起こして立ち上がり、レイズ魔国の兵としてレルバノンを撃退してみせた。


 その時からユファは『ヴェルトマー』として『レイズ』魔国の救世主と呼ばれる事となり、そこからの三千年近い期間、彼女はラルグ魔国の侵攻を完全に抑えて『レイズ』魔国の『最強の魔導士』として『レイズ』魔国を大国として盤石な物にして見せた。


 レルバノンは『ヴェルトマー』が『レイズ』魔国の魔導士として登場した事がきっかけで『鮮血のレルバノン』の名前とこれまでの彼の武力の道を全て捨てた。


 そして内政としての才を活かし始めたのである。


 互いに互いを想う所はあれども、この二人は腐れ縁なのであった。


 敵対する国同士ではあるが、互いを認めている者同士。


 こうしてあっさりと敵国同士であった者達は、僅かな会話であっさりと確執は取り除かれたのだった。


「む!」


 そして、ソフィのもとに『念話テレパシー』が届いた。


(ソフィ様、王国側にいたラルグの魔族たちは全滅させました!)


(うむ、よくやったぞ、今主らを迎えに行こう)


(それには及びません。我々は今からCチームの者達と合流しようと思っております)


(そうか。ところでお主らの中に負傷している者がいれば、我にすぐに言うのだぞ?)


(ご安心くださいソフィ様。


 ――これにはソフィも驚きを隠し切れなかった。


 ベアや五体の『ロード』は別としても他の配下達は、ラルグの『魔族』とそこまで戦力値が変わらなかった筈である。


 その上に数でも負けている以上、負傷者が出るのは仕方がないと思っていた。


 だがベアからの『念話テレパシー』では、だという。


(それは本当なのか?)


 ソフィは流石に遠慮をしているのではないかと思い、ベアに再確認をするのであった。


(我々はソフィ様の配下なのです。我々は誰一人として、ソフィ様に迷惑をかけるつもりはございません)


 ソフィはベアの言葉に思うところがあったようで、少しだけ黙り込むのだった。


 そしてソフィの次の言葉は――。


(お主達は我の自慢の配下だ。よくやってみせたぞ!)


(……! もったいないお言葉!)


 そう言ったベアは報告をひとしきり終えた後に『念話テレパシー』を切った後、嬉しそうな笑みを浮かべながら、今の内容を近くにいる仲間たちに伝えるのだった。


 他の配下達もベアからソフィの言葉を聞かされた事で、嬉しそうにしていたのは言うまでもない事だろう。


 ……

 ……

 ……


 各所に散らばっていた遊撃部隊は、全ての『ラルグ』魔国軍を滅ぼした後にリディア達のもとに一度集まり更にBチームと合流を果たした。


 未だに気を失っているラルフを見てベアは慌てたが、リディアが事情を話した。


「安心しろ、こいつは無事だ。少しばかりこいつに無理をさせすぎたが、誰よりもこいつは立派に


 リディアはベア達に『ラルフ』に怪我がない事と、彼への賞賛の言葉を忘れなかった。


「そうですか、それはよかった……」


 ベアはラルフに怪我がない事にホッとする。そしてリディアからラルフを受け取り、大事そうに抱える。


「さて、もう俺はいく。


 そう言ってリディアは、自分の仕事は終えたとばかりにきびすを返した。


 しかしここから立ち去ろうとするリディアに『エルザ』は逃すまいとばかりに慌てて声を掛けるのであった。


「ちょ、ちょっと待てそこの人間! 貴様がリディアという者だな?」


 呼び止めるエルザにリディアは振り返る。


「確かに俺がリディアだが、何だお前は?」


 ここで初めて二人は会話をする。


 エルザは主であるに興味を持たれていた人間を、その目で見ておきたかったのだった。


 エルザは確かめるように『紅い目スカーレット・アイ』を用いてリディアを睨みつけた。


 ――その次の瞬間、キィイインという甲高い音が周囲に響く。


「『動くな!』」


 エルザは魔族の『魔瞳まどう』を用いてリディアに『紅い目スカーレット・アイ』で命令を下すが、直ぐに試されているという事を察したリディアは薄く笑みを浮かべた。


 そして次の瞬間。


 帯刀している武器を手に取ると、『魔族』ので移動してエルザの首元に鋭利な刀をあてた。


 ひんやりとした刀の冷たさを感じながら、エルザは驚愕に目を丸くした。


「これで満足か? 俺は気が長い方じゃない、?」


 そう言うとリディアは『エルザ』にあてていた刀を戻して、今度こそその場から去っていった。


「……あ、あぅ。そ、そんな……!」


 こうしてエルザは、『』という常識を根底から覆されたのだった。


「エルザ殿……、我々も屋敷へ戻りましょう」


 そんなエルザを気にかける様に『魔物』であるベアは『魔族』である


 彼女呆然とした後にがっくりと肩を落として俯いていたが、その後何かを決心したかのような表情を浮かべた。


 ――やがて、ベアの言葉に頷くエルザだった。


 こうして完全に『ラルグ』魔国軍を蹴散らしたソフィ達は『ヴェルマー』大陸から『ミールガルド大陸』を救ってみせたのであった。

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