第133話 古の神域魔法

 レヴに案内されて屋敷の中へと入ったソフィ達だが、いつもいるリビングに『レルバノン』達の姿がなかった。


 そこへエルザが『魔力感知』でソフィ達が戻ってきたのを知ったのだろう。


 慌ててソフィ達の所へと姿を見せて、レヴと交代でエルザが『レルバノン』の元へと案内してくれた。


 どうやらエルザの説明によると『レルバノン』達は屋敷の外で倒れていたシスに気づき、寝室へと運び込んでいたそうだ。


「一体何があったのだ?」


 部屋で寝かされているシスの容態を見たところ、どうやら魔力切れを起こしているようだった。


 シスの隣で心配そうに看ているリーネの姿も見える。


 『魔王』になり力をコントロールすることを覚えた筈のシスが、こうも簡単に魔力切れになるなどソフィは信じられなかった。


 ラルグ魔国の軍事副司令官とやらが、シスの仇討の標的だという事は事前に聞かされていたが、今更単なる『魔族』程度に『魔王』へと到達した筈のシスがやられる事はあり得なかった。


「当初の予定通りに女王シスは、屋敷の外でシュライダーと交戦を行っていました」


 レルバノンはソフィの言葉に、彼の知る事を最初から説明をする様子であった。


「女王シスはそのでシュライダーと、その配下の魔族達をあっさりと倒しましたが、その後に突如、何もない空間からが現れたのです」


(小さな女の子……?)


 ソフィの頭に甘い香水に包まれた、幼女の魔王の姿が浮かんだ。


「あれは単なる魔族の少女ではない……。化け物だ!」


 レルバノンの横に並び立っていたエルザが口を挟んだ。


 ソフィがエルザの表情を窺うと、とても冗談を言っているような顔ではなかった。


「ええ、エルザの言っている事は間違っていない。あれはソフィ君、


「う、うむ……?」


 化け物、化け物と何度も真剣な表情で面と向かって言われると、ちょっぴり複雑な思いのソフィだった。


「最初はシス女王もその少女を相手にせず、そのまま屋敷に戻ろうとしていたようですが、その子の目がいきなり『金色の目ゴールド・アイ』になった瞬間に、女王シスは戦闘態勢に入りました。しかし傍から見ると急に何も出来なくなったシス女王が動かなくなり、その女の子の言われるがままに、素直に質問に答えはじめていました」


 ソフィは『魔王』レアがシスに対して何をしたのかを察した。


(それは十中八九『呪縛の血カース・サングゥエ』であろうな)


 ソフィが『アレルバレル』の世界に居た時に戦った、とある『魔王』が編み出して使っていた『呪文』であった。


 契約の内容を呪文をかけたい相手に話して尋問を行う事で『呪文』の発動が成立し、かけられた側は正確に答えなければならなくなり、そこに虚偽情報を述べたり知っていてあえて無言を貫けば、即座に『死神』に魂を抜き取られるというある種『』である。


 詠唱者が『金色の目ゴールド・アイ』に目覚めていれば、遥か格下の相手でなければ発動は出来ないが、条件が揃えば相手に有無を言わさず、強制的に契約は結ばれてしまう。


 つまり『魔力』に差がありすぎると、この『呪文』と『魔瞳』の重ね技で自在に語らせる事が可能となるのである。


「これ以上は危険だと判断した私が、シス女王を助けに割って入ろうとしたのですが、シス女王が変貌を遂げて何か魔法を唱えた瞬間に、彼女の周りの空間が歪み始めたのです」


「歪み? 他に何か変わった事は?」


「そうですね。確かにシス女王の姿はそこに見えるのですが、存在が気薄になったように感じました」


 レルバノンがそう言うと、ソフィは驚愕の表情を浮かべた。


「その後は今まで動けなくされていた女王が、嘘みたいに機敏に動き始めたかと思うと強力な『魔法』を使って、それまで圧倒的な力を誇っていた女の子を追い払いました。そしてその少女が『魔力感知』で反応しなくなった瞬間に、シス女王は気を失って今の状態になったのです」


 レルバノンが全てを語り終えるとソフィは成程と頷く。


 空間に歪みを生じさせるのは、と推測できる。


 そして自身の存在が気薄になり、かけられている魔法を即座に解除させるという事を可能とするモノは『神域魔法』と言われる領域の『魔法』である事は間違いがなかった。


 そしてソフィは『レルバノン』の話す情報だけで、三つの魔法が頭に浮かんだ。


 ――『絶対防御アブソリ・デファンス』『空間除外イェクス・クルード』『次元防壁ディメンション・アンミナ』。


 『絶対防御アブソリ・デファンス』は、自分を対象とするデバフ魔法や、相手からの強力な攻撃を最小限にまで軽減させて防ぐ事が出来る『ダメージ軽減』を目的とした『魔法』である。


 『空間除外イェクス・クルード』は、自分が存在している時間軸をずらす魔法である。


 傍から見ているとその場にいるように見えるが、本人は既にその時間の縛りから解放されている。


 対魔王対策で倒した相手を復活させないように、世界から一時的に除外して『再生』や『復活』、または『転生』等に対抗する事も可能とする対策魔法の一種とも言える。


 『次元防壁ディメンション・アンミナ』は、『絶対防御』の上位互換ともいえる『防御』系統の魔法ではあるが、その効果は『軽減』ではなく『完全防御』と言えるとんでもない『魔法』なのである。


 詳しく説明を行うならば、次元そのものを変更させて一方からの攻撃を逸らして全く違う次元へと移行させて防ぐ事を可能とする『魔法』である。


 これは『神域魔法』の中でも一線を画す『時魔法タイム・マジック』といわれる『魔法』である。


 もし『魔王』シスが『空間除外イェクス・クルード』や『次元防壁ディメンション・アンミナ』を使ったというのならば、それはもう『魔王』の階級クラスではない。


 その上となる『真なる魔王』。


 それも『真なる魔王』の中で最上位領域に達していても使えるかどうか怪しい程の難度を誇る『魔法』であり、たった一人で使用したというのであれば『真なる魔王』階級クラスより更に、その上の『』領域であってもおかしくはない。


 あの『魔王』レアが『呪縛の血カース・サングゥエ』を使ったにも拘らず、その魔法を即座に解除したというのであれば『次元防壁ディメンション・アンミナ』の可能性が高い。


 世界に干渉して次元そのものを変えて『呪縛の血カース・サングゥエ』を解除したとするならば、辻褄が合うからである。


 だが、ソフィが驚いたのは『時魔法タイム・マジック』を使ったからではない。


 ソフィの中ではシス程の素質であれば、いずれは到達を可能とする事が出来る領域だと理解しているからである。


 しかしいくらシスの『魔力』が多いとはいってもまだ『魔王』階級の筈のシスが、たった一人でこの『魔法』を発動させて、単に意識を失う程度で済むというのがソフィには信じられなかった。


 神域クラスの『時魔法タイム・マジック』である『次元防壁ディメンション・アンミナ』は、最低でも二体以上の『真なる魔王』階級クラスが、同時に詠唱して世界に干渉して『全魔力』を犠牲にようやく発動が出来るかどうかという程の難解な『魔法』である。


 それをたった一人。


 それも最近『魔王』の資質に目覚めたばかりのシスが使える程に甘い『魔法』ではない。


 そこまで考えたソフィは、ふと一つだけ思い当たる事があった。


(ヴェルトマーか? シスがヴェルトマーを憑依させて発動させたというのであれば、魔王二体分の『魔力』を使ったという事にはなるが……)


 ――しかしそれはやはりおかしい。


 憑依というのであれば『シス』の『魔力』に依存して使われる筈である。


 生体がない筈の『ヴェルトマー』とやらが『魔力』を用いているというのは、ソフィには信じられない。


「成程。シスが魔力切れを起こして、今のように意識を失っている理由は分かった」


 新魔法の情報が分からない内には結論が出る筈もなく、ソフィは仕方なく考える事を後回しにした。


「しかしこれは困った事になりましたね。これから『ラルグ』魔国軍が攻めてくるという時にシス王女がこの状態ではあらゆる計画が頓挫する事になり得ます……」


 今後はシスをも守りながら更には王国をも守らなければならない。


 敵国の幹部だった『シュライダー』が死んだと分かれば、この『ミールガルド』大陸に本腰入れて攻めてくるのは自明の理である。


 相手は数多くの魔族が攻めてくるに間違いは無さそうであり、更には大多数の『最上位魔族』が居る事だろう。


「少し我は席を外させてもらう。ラルフよ、後を頼むぞ」


 突然の主からの言葉にもラルフは静かに頷いてみせた。


 他の者達はきょとんとした顔でソフィの後ろ姿を見送っていたが、その背中を見ていてと言っているような気がした為に、誰も彼の後を追う事はしなかった。

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