第116話 囮

 シスは微睡んでいたがようやく意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。


 ――そこは見た事のない天井だった。


 ここはどこだろう、何故ここで眠っているのかと考え始めた事で、だんだんと意識がしっかりしはじめて、頭の中に気を失う前の映像がフラッシュバックするように呼び起こされてくる。


 憎しみに捕らわれた私が『力』に取り込まれて自分と思えない行動をして、死んだ筈のヴェルが私の中に入ってきて、そして、そして……。


 少しずつ記憶が戻ってきて、魔王となった自分があのソフィと名乗った少年と戦った事を思い出した。


「そうだ……。私ソフィさんと戦ったんだ」


 そしてそこまで思い出したところでちょうど、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。


「? どうぞ」


 それがノックだと気づくのに少々時間を要したが、シスは何とか声を出す事が出来た。


「起きた? 意識はちゃんとしてる?」


 シスを気遣う様に声を掛けてくれた少女は、心配そうにこちらの返事を待つ。


「ええ、大丈夫よ。貴方は、ソフィさんの横にいた……、えっと」


 シスがそこまで言うと、笑みを浮かべて少女は答えてくれた。


「私はリーネよ、シスさん」


 ……

 ……

 ……


 屋敷のリビングでは屋敷の主であるレルバノンが、今後について話をしていた。


「ソフィ君。先程は『ヴェルマー』大陸に乗り込む事に反対はしませんでしたが、シチョウ君がこちらに来た事で、また改めて事情は変わりました」


 ソフィもまた、レルバノンの言葉に頷きをみせる。


「もはや『ヴェルマー』大陸は『ラルグ』魔国がそのとみて間違いないでしょう。そして恐らくですが『ヴェルマー』大陸に憂いがなくなった事で、ゴルガー達は我々の始末に本格的に乗り出すかと思われます」


 ソフィは結局こうなってしまったかと、内心で毒づいた。


 『魔王』レアが予言めいた事を言った事を思い出した。


 彼女はヴェルマー大陸の魔族が、この『ミールガルド』大陸に続々と多く乗り込んでくるだろうと言っていた。


 つまり戦争を終わらせたラルグ魔国が、次の標的にこの大陸を選んだという事だろう。


 目的はラルグから逃亡したレルバノンの組織か、それともヴェルトマーの転移魔法でこちらの大陸に飛ばされたシス女王なのか。


 どちらにせよ魔族達が大量にこの大陸に入り込んでくるというのならば、ミールガルドに被害が出る事は避けられないだろう。


 ソフィはどうしたものかと考える。


「このまま『ケビン』王国や『ルードリヒ』王国に黙っていても、ヴェルマー大陸から魔族が入り込めばすぐに分かる事でしょうから、伝えなければならないでしょうね」


 レルバノンは、気が重いとばかりに溜息を吐いた。


 少数の魔族であればレルバノンやエルザたちだけでも何とかできただろうが、ラルグ魔国の本隊が動くとなれば、レルバノン達だけで相手どるには


 ラルグ魔国もヴェルマー大陸で戦争を終えたばかりであるため、メインとなる一軍を動かしてくるという事はないだろうが、二軍や三軍ならば十分に可能性がある。


 それでも少なく見積もっても、戦力値数百万を越える魔族が数千体は入ってくるだろう。


 ミールガルド大陸の平均戦力値は高くはない。


 大混乱になる事は避けようがないと考えられる。


 戦力値が数百万を誇る魔族が大多数居た『トウジン』魔国や『レイズ』魔国のような大国であっても、たった数時間で制圧させられたのだ。


 この大陸の国家の兵隊は戦力値が10万にも満たぬ者達が多数である。


 この大陸にレルバノン達が居続ければ、あっさりと『ケビン』王国も『ルードリヒ』王国も攻め滅ぼされてしまうだろう。


 しかしだからと言って『ヴェルマー』大陸全域が敵地である以上、すんなりとあちらの大陸に入る事も出来ないであろうし、レルバノン達はまさに八方塞がりであった。


 ――だがここでソフィが口を開いた。


「我に考えがあるのだがな。お主、囮になってもらえぬか?」


 それはレルバノン達にとっては、予想だにしない突然の言葉であった。

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