第50話 ソフィVSリディア

 ソフィの『高等移動呪文アポイント』によって、周囲に何もない平地に連れてこられたリディアは辺りを見回している。


 現役最強の剣士として『ミールガルド』大陸中に知れ渡っており、冒険者ギルドに所属していない者でもリディアの事は知られているくらいであるが、誰も彼が本気で戦っているところを見たことはない。


 ――何故なら本気で戦うに値する存在に、出会ったことがないからである。


 同じく大陸最強の暗殺者として知られる『微笑』でさえも、リディアを殺す依頼を受けるのならば、を積まれなければ断る事だろう。


「俺はお前と戦う事でようやく、自分の強さを知る事が出来るだろう。悪いが殺すつもりで行く、死んでも恨むなよ?」


 ソフィはリディアの言葉を大言壮語とは思わない。


「安心するがよい。我も。お主が我の力に耐え得る者として期待しておる」


 その言葉にニヤリと笑みを浮かべたリディアは、これまで長きに渡り戦闘に身を置いてきたソフィでさえ、見た事がない程の独特の構えを取り始めるのであった。


 リディアの普段の得物は何処にでもつるぎであるが、今その手をあてている彼の得は刀と呼ばれる東の大陸の刃物である。


 右足を前に出しながら腰を少し落として『抜刀』と呼ばれる独特の構えを取り、自分から仕掛ける素振りはなく、戦闘相手であるソフィの出方を見る。


 前衛職である剣士の大半は相手より先に仕掛ける事が多いが、このリディアの戦闘のスタイルは、基本的には待ちである。


 相手が攻撃をするのを待ち、相手が攻撃を仕掛けた瞬間に高速で動き目に留まらぬ速度で斬るというのが、本気の彼の戦う姿のようであった。


「こちらが動くのを待っているのか。よかろう、それならば我から動いてやろうではないか」


 ――超越魔法、『終焉の炎エンドオブフレイム』。


 ソフィの『魔法』には一切の詠唱はない。


 しかしそれでも今年のギルド対抗戦に出場していたどの魔法使い達よりも、今発動された無詠唱の魔法の方が『魔力』が高く威力も桁が違っている。


 あの『ルビア』を焼き尽くした業火と同じ『魔力』が、この『魔法』には込められているのであった。


 その放たれたソフィの超越魔法である『終焉の炎エンドオブフレイム』を斬ろうと構えていたリディアは、その威力の規模を予測して眉をひそめる。


(面白い! これだ、これを俺は待っていたのだ。これを斬る事が出来れば俺の強さは本物だったと自覚が出来るだろう)


 ゆっくりと目を閉じたリディアは、呼吸を整えながら迫りくる『魔法』を感覚で覚え始める。


「居合……」


 その言葉を発した瞬間、閉じられたリディアの目が開かれた。


「ヌッ……!」


 ソフィはリディアが腰鞘から刀を抜いた瞬間に、背筋に冷やりとした何かを感じ始めた。


 その瞬間にソフィは全力でその場から離れるように後ろへ跳んで見せる。


 そしてその判断が彼を救うのだった。


 ソフィが背中に冷たいモノが走った時、まだリディアは遠くで迫りくる『終焉の炎エンドオブフレイム』に視線を送っている状態であったのにも拘らず、ソフィが何かを察して背後へ跳んだ瞬間にはもうソフィの居た場所をリディアは斬ろうと迫って来ていたのであった。


 ――時間にして僅か1秒に満たぬ時の中で、一体リディアはどれ程の距離を縮めたのだろうか。


 ソフィの身体を斬り損ねたリディアではあったが、ソフィの超越魔法は既に斬られて影も形もなかった。


 つまりリディアは『ルビア』を屠って見せたソフィの超越魔法すらもあっさりと斬って消しただけに留まらず、そのまま『魔法』を放ったソフィすらも斬ろうとしていたのである。


(クックック! 全く信じられぬ人間だな? 過去にも居たが、魔力がそこまで通っていなさそうな得物で、我の『魔法』を斬って見せた人間は初めてだ)


 ソフィを斬り損ねたリディアだが、またもや先程ソフィが居た場所で腰を低く構えて『抜刀』の構えに出る。


 どうやら彼はまた同じようにソフィから攻撃をするのを待つのだろう。


(我のような魔法使いが相手だというのに、その相手の『魔法』を斬って好機となっている筈の今でさえ追撃を直ぐに行わずに、また仕切り直すというのか? 余程自分に自信がなければ出来ぬ事だと思うが、それとも追撃をかけない何か理由があるのだろうか?)


 本来ソフィのような魔法使いが相手であれば、相手の『魔法』を防いだ時点で追撃をするものである。


 ソフィまだ詠唱を必要としない魔法使いではあるが、一般的な魔法使いであれば次の『魔法』を発動するのにも『詠唱』などの準備を行う必要がある為に追撃を行うものである。


 しかしソフィが魔法を放つのに『詠唱』を必要としていないという事を知っているか、それとも他に追撃を行わない理由があるのか『リディア』はひたすらに待ちに徹し続ける様子であった。


「俺に斬れない物はないぞソフィ。出し惜しみせずどんどん撃ってくるがいい」


 張りつめた空気を作り出してリディアはそう告げるが、ソフィはその言葉には返事をせずに『抜刀』の構えを行い続けるリディアに注目する。


(どうやら奴は我を斬るという事よりも、我の放つ『魔法』を斬る事に意識を向けてきているように思える。それが奴から攻撃をして来ない理由なのかどうかまでは分からぬが、こちらが放つ『魔法』の規模に拘わらず、発動されたその魔法に対して斬りかかってくるつもりのようだ)


 先程のソフィは詠唱をせずに『終焉の炎エンドオブフレイム』を放ったにも拘らず、その放った魔法ごと遠く離れているソフィの身体をも『リディア』に斬られかけた。


 それはつまり『リディア』の間合いをしっかりと把握しなければいくら『魔力』の必要とする『魔法』を放った所で威力の規模に関係が無く、反撃を受ける可能性があるという事である。


 これまでソフィと戦ってきた者達の中には、超越位階どころかその上の位階の魔法をも放つ魔族達も多く居たが、結局そういう者達であっても最終的にはソフィの『魔力』についてこれずに『魔法』の威力で圧し潰せてきたソフィだった。


 しかし今回の相手である『リディア』は、ソフィの超越魔法ですら今のようにあっさりと斬ってみせた。


 ソフィには先程の『魔法』をリディアが無理をして斬っていたようには見えず、たとえ先程の『魔法』より威力があっても、という印象をもたされるのであった。


 ソフィはある程度の近距離戦闘もこなせる自信はあるが、それでも『魔力』を用いて『魔法』を使う事を主戦とする魔法使いなのである。


 そんなソフィが自分の得意な分野の『魔法』がリディアには、通用しないかもしれないと頭に過った時、


(クックック! 魔法使いが魔法を封じられる? それは絶体絶命という場面ではなかろうか? では『魔法』が通用しないからといって、他の戦術に頼るというのか? いやいや、それはないだろう?)


 ソフィは『微笑』と戦っていた時のようにある種の満足感、そして多幸感に包まれていく。


 『アレルバレル』の世界では、皆ソフィの強さについてこれなかったが為に、彼は孤独な戦いを何千年も強いられた。


 当然、今の『リディア』よりも戦力値や魔力値という数値では圧倒的に勝っている魔族も多いが、しかしそんな連中が相手であっても、今のソフィが考えたように『魔法』という戦術が通用しないかもしれないと考えるような事は過去に一度もなかったのである。


 戦力値や魔力値がいくら『リディア』よりも高かろうが、そんな者達よりも目の前に居る『リディア』の方が驚異的に映る。


 そしてリディアを驚異的だと感じた瞬間に、ソフィは自分でも信じられない程に気分が高揚していくのが感じられた。


「ククク、そうかそうか! 我の攻撃に耐え得る者か! いやはや素晴らしい、これは魔法使いにとっては絶望的な事だぞ? ふ、ふふ……、フハハハハ!!」


 次の瞬間ソフィは斬られる事も恐れず――。


 ――否、斬られる事を良しとするような行動に出た。


「フハハハハハ!!」


 ソフィは『魔法』を使わずに自らの手に淡く紅いオーラを宿し始める。


 その右手が紅いオーラで出来たつるぎになったかと思うと、ソフィは笑みを浮かべてリディアに向けて突っ込んでいく。


「居合……」


 再びリディアがそう呟くと同時、恐るべき速度で向かって来るソフィに肉薄していき、ソフィのオーラを宿した右手と鍔迫り合いを起こす間もなく、プツリとソフィの腕は斬られて飛んでいった。


「素晴らしい……! 何という速度だ! ラルフよ、見てみるがいい! 奴は我の後に動いたにも拘らず、我の速度を上回る勢いで腕をあっさりと斬って見せたぞ!」


 ソフィは自分の腕が斬られたというのに、自分の配下である『ラルフ』にリディアの剣技の自慢をし始めた。


「え、ええ、どうやら予想以上に彼は強いようですから、そ、そのように私に話をして下さらずに集中をして下さい、ソフィ様!」


 ラルフは自分にリディアの感想を告げて嬉しそうにしている主を見て、どう答えたらいいのか分からず、彼にしては珍しく焦りを見せながらソフィにそう告げるのだった。


 しかしソフィはラルフの心配するような声などまるで聴いていない様子で、むしろラルフがしっかりとリディアの攻撃を見ていた事を喜び、とても笑顔でソフィは何度も頷いてた。


「ではこれならどうだろうか! ふはは、これは少し斬るのが難しい『極大魔法』という部類に入る『魔法』だ!」


 ――超越魔法、『万物の爆発ビッグバン』。


 ――鮮やかな色の魔法陣がリディアの周囲に次々と浮かび上がる。


「さぁ、斬って見せよ!」


 そしてソフィの『魔力』が『魔法』という形になった瞬間――。


 魔法陣は高速回転を始めて広域範囲に爆発を届けるべき明滅を始める。


 ルビアの『魔法』に対する抵抗力を完全に上回って彼の身体を爆発させた規模の威力の『極大魔法』が発動された。


「居合……」


 ――爆発を全く気にせずに、自分の向かう範囲の『魔法』の障害だけを上手く斬り伏せながら突き進んでくる。


 ソフィの極大魔法は先程まで『リディア』が居た場所を次々と粉々に砕いていくが、既にそこにはもう『リディア』の姿はなかった。


 そして直線上に居るソフィの元に今度こそ辿り着いたリディアは、ソフィの身体を斬ってそのまま止まらずに更に駆け抜けていく。


「ぐっ……!」


 ソフィの身体はリディアの居合で切り刻まれて大量に血を吐く。


 リディアは今の一撃に手応えを感じたのか独特の構えを解いて、駆け抜けてきた道を振り返ってソフィの様子を見る。


 大きなダメージを負わせたと確信するリディアだったが、そんな彼は振り返った先に居るソフィを見て、驚愕から目を丸くするのだった。


 ソフィは右手で口元の血を拭った後に、その自分の血を見てこれまでにない程の笑みを浮かべていた。


 先程まで『ソフィ』という存在の使う『魔法』を斬って見せた事で、やはり今回も自分が勝ったと確信を得ていたのだが、戦っていく内に徐々に本当に自分は優勢なのだろうかと疑問を持ち始めていた。


 『魔法』を斬り『ソフィ』自体も斬っているという事は理解している。


 しかし理解しているのだが、まるで何かそこに居ない影を斬っているような感覚に陥っている。


 身体を斬っているという感覚は勿論あるのだが、そこにまるで現実味が感じられていないのである。


 それが証拠にこれまで戦ってきた者達を斬り伏せた時の達成感というものが、今のリディアには一切感じられていない。


 むしろソフィを斬れば斬る程にというような気持ちを抱かされており、どうすればいいのか分からなくなってきていた。


 ――しかし、そのリディアの表情を見たソフィから表情がなくなっていく。


 ソフィはリディアにあっさりと身体を斬られた事で、リディアが自分に失望を抱き『この程度なのか』と思われていると勘違いをしたのである。


「ああ、これはすまなかった。お主のような力量を有する者を相手に、こんな形態のままでは、あまりに失礼過ぎたようだ。安心するがよいぞ? 我はお主をそのように失望をさせるつもりはない。お主を決して孤独にはさせぬぞ」

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