第46話 侵入、ヘルサス邸

 ヘルサス伯爵が『サシス』の町に別邸を持っているらしく、大会が終わるまでは滞在しているらしいという情報をラルフから聞かされたソフィは、早速行動を開始するのだった。


 ソフィとラルフは正面から堂々と乗り込みんでいき『サシス』の町の外れにある『ヘルサス』のいる別邸前に辿り着いた。


「さてソフィ様、如何ようになさいますか?」


「うむ、まずは護衛がどれくらいいるか確認してみようか」


 ――根源魔法、『漏出サーチ』。


 館全体を覆う程の魔力の圧がソフィから放たれる。


 その『魔法』によって別邸の館全体の『魔力』を持つ人間達の情報が全てソフィの元に届けられていく。


「門に二人、中庭に一人、館内の一階に十五人、二階に七人程いるな」


「私の目算では門の二人はDランク、中庭の戦士はCランク相当。館内は少しわかり辛いですが、Aランク相当の強さがいますね」


 ソフィは目を丸くして驚いた表情を浮かべた後、そのままラルフを見てニヤリと笑う。


(うむ、ほぼ合っておる……が、しかし『魔法』を使ったわけではないというのに、屋外だけではなく、館内の者も探れるとは驚いた)


 どうやって見極めたのかまでは分からないが、既にこの世界に来て『忍者』のリーネや『魔法』を斬るという『剣士』を見て来たソフィは、自分の常識だけでは押し測れない世界があるのだろうと考えるのだった。


「この程度ならば気づかれずに、一気に館内までいけそうだな」


「では、館の入り口まで一瞬で行きましょう」


 そう言うと二人は行動を開始した。


 突然に暗い影が動いた――。


 まさに門番にはそれしか見えなかったであろう。


 『微笑』に一瞬で門に居た二人の番兵は、ラルフの顔を見る前に意識を落とされる。


 施設内の中庭に居た戦士はすぐに外の様子に気づいたようだが、そちらはソフィによって無力化させられる。


「お主の相手はこっちだ。残念だがこのまま寝ていてもらう」


 完全に気配を消したソフィに武器を構える前に、首元に手刀を落とされて護衛の者達は混濁の渦に飲まれた。


 ソフィとラルフはまさに一瞬の早業で、館まで辿り着いたのだった。


 そしてそのまま『微笑』を一瞥するとドアの前で口を開く。


「よし、では開けるぞ。出来るだけ危害を加えたくはないのでな、あまり大きな音を立てずに行動するとしようか」


 ソフィがそう言って、館の鍵のかかったドアを開ける為に軽く蹴ったつもりだが、そのままドアは物凄い大音を立てながら吹っ飛んで行き、反対側の壁を突き破って飛んでいってしまい見えなくなった。


 ――完全にようである。


「い、今の爆音は何だ!」


 館中の者達が気付く程の騒音の所為で、次々と大人数の護衛達が集まってくるのだった。


「音を立てずに侵入するのではありませんでしたか?」


「うむ。どうやら扉は壊れていたようだな……?」


 そんな事はないでしょうと言わんばかりにラルフは、ソフィに苦笑いを浮かべると、ソフィはぷいっと視線を外して集まって来た者達を見る。


 それを見たラルフは静かに微笑を浮かべるのだった。


「まぁ見つかってしまっては仕方あるまい」


「ええ、むしろ手っ取り早く事を運びやすくなったと思う事にしましょう」


「てめぇらいつの間にここまで入り込んだ! 外の連中は何をしてやがった?」


 他の用心棒や単なる数合わせの護衛といった者ではなく、ヘルサスの私兵の中でも上位に位置する者が出てきたらしい。


 先程の『漏出サーチ』で一番戦力値が高かった者であろうか。


「ヘルサスとやらはどこにいる?」


「ハァッ? お前は馬鹿か、敵に素直に雇い主の居場所を紹介する奴が何処に……」


 ソフィの目がに変わった瞬間に、私兵の長らしき男の目が虚ろになっていった。


「こっちに……います」


 ソフィの『魔瞳』に操られた勲章ランクA相当に匹敵する男は、何と素直に案内し始めるのだった。


「ラルフよ、念のためだ。館の者達が逃げられないように入口の方を頼むぞ」


「仰せのままに、ソフィ様」


 ソフィの言葉に『微笑』は入口で待機する。


 どうやら館から逃げようとする者だけではなく、何らかの手段を用いて外へ情報を送る事で、新手を外から来る可能性というモノを考慮したようで、ラルフはそう言った者達にも館に入れさせないようにと考えてこの場に残ろうとするのだった。


「ではお主、ヘルサスの元まで案内せよ」


 ソフィの言葉に頷いた先程の男は虚ろな目をしながら、ソフィと共に二階へと上がっていく。


 他の用心棒や私兵達は、自分よりも立場が上である勲章ランクA相当の男が、素直に案内してるのを見て、ここに呼んだ客人だと勘違いしたようだ。


 そのまま何事もなく『ヘルサス』伯爵が居る部屋の場所へとついた。


「よし、お主はそのまま部屋の前で待機だ。誰が来ても決して誰も入れるんじゃないぞ」


 ソフィの言葉に操られている男は、コクリと頷いて部屋の前で待機する。


 その様子を見届けたソフィは、ドアを開けて中へ入っていった。


 部屋の中は豪華で煌びやかな調度品が多くあった。


 銀色の騎士の甲冑に高そうなテーブル、床には高そうな絨毯。壁には大きな絵画が二つ飾ってあり、そのどれをとっても正しく貴族の部屋に相応しいモノだった。


 そしてソフィが部屋の中を見回していると、部屋の中にあるトイレに入っていたのであろう『ヘルサス』がいつの間にか自室に居るソフィに気づき慌てふためく。


「な、ななっ!! 何でお前がここにいる!」


 部下に凄腕の殺し屋を雇わせて葬ったと思っていた例の少年が、突如として目の前に現れた事で信じられないとばかりに大声を上げて、ソフィに驚愕の視線を向ける。


「クックック、ようやく会えたな『ヘルサス』伯爵よ」


 ソフィの紅色の目を見て、ヘルサスは脅え声を出す。


「貴様が色々と面倒な事をした所為で、大会が台無しになってしまったではないか」


「ヒ、ヒィッ……ッ!」


 ソフィが一歩前に出ると、ヘルサスは一歩後ずさる。


 やがて背後に壁が迫りそれ以上、下がる事が出来なくなったヘルサスはやがて口を開いた。


「ま、待て! 何が目的だ? 金か! わ、分かった、いくらでも望む額をくれてやる!」


 だが、紅色に光る眼がヘルサスを捉えたまま、一歩ずつソフィは近づいていく。


「ヒェッ……っ!」


 声にならない声をあげながら、ヘルサスの顔は汗だくになって足はガクガクと震えだす。


「今さら大会の結果を覆せとは言わぬ。我の反則に関しては、まぁ嘘偽りではないしな、だが……」


 ヘルサスの目の前まで歩を進めると、ヘルサスはへなへなとその場にへたり込んだ。


 そのヘルサスの顔の横にバンと手をつく。


「ヒ、ヒィィィッ!」


 ソフィが壁に手をついた拍子に、支柱が崩れて屋敷の一部が崩壊する。


「貴様を生かしておくと、今後も面倒に巻き込まれそうなのでな。貴様にはこのまま消えてもらおうか」


「ま、待て! ワシを殺せばお前は、国から命を狙われるぞ!」


 ソフィの動きがピタリと止まったのを見て、怖じ気ついたと思ったヘルサスは畳みかける。


「ワシはルードリヒ王国の大貴族だ! ワシに何かあれば息のかかった貴族達が黙ってはおらんぞ! お前は終わりだ!」


「それは確かに面倒ではあるが、お主を生かしておいても面倒な事には変わりあるまい?」


 そう言ってソフィは再度ヘルサスの顔に手を近づけると、この少年に脅しは通用しないのだとようやく理解した様子であった。


「ま、ま、待つのだ! ワシを殺さないでいてくれたら、お、お前たちには今後関わらないと約束する!」


「ほう……?」


 ソフィはヘルサスの言葉に、ようやく動きを止めた。


「その言葉に偽りはないな?」


 ヘルサス伯爵は何度も首を縦に振った。


 ソフィとしては『ルードリヒ王国』を敵にまわしても特に問題はないが、面倒事をわざわざ増やす必要もないだろうと思っている。


 今後ヘルサスが何も手を出してこないと約束をするのであれば、ここが落とし所だとソフィは考えるのであった。


「よかろう。だが今後我らの仲間に手を出すようなことがあれば容赦はせぬぞ?」


「わ、分かった! お前を敵にまわすような真似は二度としない、必ず約束する!」


 ヘルサスは余程今回の事で、ソフィの恐ろしさを理解したようだった。


 ――


 だが、そこでソフィ達以外の声が聞こえたかと思えば半開きだったドアの隙間から、鋭利な刃物がヘルサス伯爵に向けて投げられる。


 ソフィは身体を前に向けたままヘルサスの方を見ていたが、高速でヘルサスに向かって飛んできたその刃物を払い落とすと同時、振り返りながら声を掛ける。


「誰だ?」


「あれだけの事をしておいて、もう俺の顔を忘れたか?」


 ドアが勢いよく開けられると、こちらに向かって靴音をならしながら近寄ってくる。


 ソフィの前まで歩いてくるその男は、リーネの兄のだった。

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