第30話 ソフィ、武術を使う

 ニーアを倒した『トンプーカ』の最後の代表選手の一人の武道家トンシーは勲章ランクBであり『トンプーカ』のギルド内では強者の証である二つ名『烈拳れっけんのトンシー』と呼ばれている。


 彼の得意とする高速の拳は、魔法使いや僧侶といった詠唱を必要とする冒険者を過去、幾度となくなぎ倒してきており、対『魔法使い』戦では勝率100%を誇っている。


「君の前の試合を見させてもらった。確かにキミに『魔法』を使われると勝ち目はなさそうだが、俺は詠唱なんてさせないぜ! その瞬間に君はそのまま倒れるだろうさっ!」


『トンシー』はチッチッチと口で呟きながら、人差し指を左右に振り始めた。


 彼特有の空気感を醸し出しながらソフィに対して勝利宣言を行ってくる。


(まぁ我が詠唱を必要とするような『魔法』を使うと、この大陸が吹き飛ぶのだがな)


 基本的にソフィが普段使う『超越魔法ちょうえつまほう』や『根源魔法こんげんまほう』は、ソフィにとっては詠唱を必要としない単なる通常の『魔法』なのだが、現在の『リラリオ』の世界の魔法使いでは、そのソフィが扱うその『魔法』の『ことわり』すら理解出来ず、更には誰も『魔力』が足りずに発動すらできない程の位階が違いすぎる魔法である。


「それでは試合開始!」


 審判のコールと共に、遂にソフィの試合が開始された。


「いっくぜぇ?」


 トンシーは常人には見えない程の速度でソフィに肉薄していく。


 確かに桁外れの速度なのだが、ソフィの目にはその動きですら常人の徒歩程にしか映らない。


「もらったぁッ!」


 一般人から見れば信じられない程のキレのあるフットワークを用いながらソフィの間合いにやすやすと侵入していき、そのまま繰り出されるトンシーの後ろ廻し蹴りは、ソフィの頭部を狙って放たれた。


 魔法使いが距離を詰められて接近戦を迫られた場合に、この大陸の多くの魔法使い達ではほぼ勝ち目はない。


 その常識が浸透しきっているこの会場の観客たちの多くは、トンシーの勝利を信じて疑わなかったが、ソフィは更に信じられない行動に出る。


 なんと尋常ならざる速度で動き回っていたトンシーの位置を確実に把握したソフィが、トンシーの繰り出した後ろ廻し蹴りに、自分の右足の踵を合わせてトンシーの足蹴りを防ぎ、そのまま胴を回して左足で相手の軸足を払うのだった。


 両足が宙に浮いた状態のトンシーは、両手を使って受け身を取りにいくが、ソフィは次の攻撃のモーションに入り、受け身を取るために手を床に置こうとしていたトンシーの手を宙に浮いた状態で足で挟み、そのまま受け身を取らせないために手を取る。


『腕ひしぎ十字固め』と呼ばれる技であった。


 トンシーが受け身を取ろうとして腕を伸ばしていたために、完全に関節が極まってしまった。


 この体勢に入られるとかけ手側のソフィと、如何に体格差があろうとも抜け出すことは不可能で、下手にもがいたりして外そうとすれば、そのまま腕が折れて二度と武道家としての道を進めなくなるだろう。


(あっ……。だめだこれ、この少年は俺と実力が違いすぎる)


 技をかけられた瞬間に、武道の達人であるトンシーはを瞬時に悟った。


 まるでふざけているような口調をしていた時とは違い、武道の達人らしい顔つきになったトンシーは、今のソフィの一連の動きを冷静に胸中で呟くのだった。


 ――そして、今のままの自分の武術では如何に極めたとしても、この少年の居る領域には届かない。


「ま、まいった……!」


 トンシーは余りにも実力差が離れたソフィの強さを目の当たりにして、即座にタップして負けを認めた後に審判に対して口でも敗北宣言を行うのであった。


「勝者、ソフィ!」


 審判からコールを受けたソフィは、トンシーの手を外して立ち上がる。


「久々に体術らしい体術を使ったが、まだまだ鈍ってはなかったようだ」


 立ち上がりながらそう告げるソフィの言葉を聞いて身体を起こしたトンシーは、ソフィに向かって一礼した後に、そのソフィに更に近づいてくる。


「む?」


 突然手を出してきたトンシーを訝し気に見るソフィに、笑顔でトンシーは告げて来る。


「完敗です。貴方の武術は美しい、まさに理想の体現を果たされている」


 そう言ってソフィを褒め称えながらトンシーは、握手を求めてくるのであった。


 リング上で冒険者同士が爽やかに握手を交わす姿を見て、健闘を称え合うソフィ達に対する観客席からの歓声は、もう一段階大きくなるのであった。

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